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更新日付:2008年7月1日 地域生活文化課

ちょっと昔の青森県02「十和田市の一里塚」

一里塚に関するちょっとしたエピソードです。   編集 近世部会調査研究員  中野渡 一耕

  • 一里塚
    旧国道4号線沿いにある一里塚
    (1982<昭和57>年5月6日・県史編さんグループ所蔵)
 一里塚はなぜか、南部地方(旧盛岡藩・八戸藩)に多く、津軽地方(旧弘前藩)には一基も残っていません。一里塚は街道の両側に二基築かれるのが普通ですが、一本木の一里塚は、1885(明治18)年に現在の旧国道が築造された際、東側の一基が撤去されたと伝えられます。

一里塚
 

 ところで、下の写真には「雪印乳業」のベンチが見えますね。塚のすぐそばに、1959(昭和34)年に建てられた雪印乳業の工場がありました。筆者が子どもの頃は、小学生の社会科見学のコースでした。
 けれども、業績の悪化により、1984(昭和59)年に十和田工場は撤退。雪印乳業自体も不祥事により「雪印牛乳」の看板を下ろし、「メグミルク」になったことは記憶に新しいところです。
 その後、雪印改めメグミルクの工場も、2004(平成16)年、青森工場を最後に県内から全て撤退しました。現在、跡地はドラックストアやファミリーレストランが並び、全国どこにでもあるロードサイドの風景となっています。このような現代の産業構造の変化も、一里塚は見守っている訳です。

 ここに掲載した2枚の写真は、いずれも1982<昭和57>年5月6日に撮影されたものです(県史編さんグループ所蔵)。


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