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更新日付:2021年3月29日 企画調整課

青森の価値を生み出す人たち~作曲家、シンガーソングライター 多田慎也さん~

多田さん
【プロフィール】
 東京都出身。
 2007年に嵐の楽曲「いつまでも」で作曲家デビューし、2012年にはAKB48の「ポニーテールとシュシュ」(作曲)でJASRAC賞銀賞を受賞。
 そのほかKis-My-Ft2 、Sexy Zone、Hey! Say! JUMP など、数多くのアーティストの楽曲制作に関わる。
 2018年11月に弘前市に移住。RINGOMUSUME(りんご娘)のサウンドプロデューサーとして、青森の自然や文化にインスピレーションを得て、岩木山や弘前公園の桜などを題材にした楽曲制作を行っている。
―青森に移住したきっかけについて教えてください。
 きっかけは、青森県のダンス&ボーカルユニット「RINGOMUSUME(りんご娘)」との出会いです。
 2016年に東京で行われた「愛踊祭~あいどるまつり」で、僕は審査員を務めていました。
 この時、全国優勝に輝いた「RINGOMUSUME」を見て鮮烈な印象を受けたんです。多くのアイドルグループが、「優勝して有名になりたい!」「東京で活躍したい!」という思いが強い中、彼女たちは全然違っていました。
 「青森は素敵なところだから、ぜひ皆さんもいらしてください!」というメッセージがすごく心に響いたんです。
 これがきっかけで、「RINGOMUSUME」への楽曲制作、ボイストレーニング、ステージのアドバイスなどをさせていただくようになりました。
 何度か弘前を訪れる中で弘前ねぷたを観る機会があり、その時の感動が決め手となり移住を決意しました。
―弘前ねぷたのどんなところが、多田さんの心に響いたのでしょう?
 まず、リズムやかけ声が独特で、すごく音楽性を感じたんですね。こういう街に住めば、きっといいものが書けるんじゃないかって。
 また、伝統を守り受け継いでいる姿勢にも心を打たれました。
 東京では、すべてが新しくなっていくことがひとつの価値かもしれませんが、弘前ねぷたを観て、守り続けることで生まれる価値もあると感じたんです。弘前ねぷたも、派手にしようと思えばいくらでもできるはず。でも、それじゃ、ただのパレードになってしまう。
 伝統をリスペクトしながらも節度を持って進化させていく。そんな「守り続けながら攻めてる」感じがすごくいいなと思いました。
 歴史の深さは違いますが、実はポップスも昔の歌謡曲などレトロなものを受け継ぎながら新しいものを入れていく点では同じです。弘前ねぷたを観て、この街で音楽活動をしたいと思いました。
―祭り以外で惹かれたものはありますか?
 やはり、人ですね。ひとことで言うと、青森の方たちの「感性」に惹かれました。
 移住前に何度か青森にお招きいただいて、青森の人たちと交流する機会があったんです。
 最初は皆さん物静かというか、あまり多くを語らない。でも、一緒に飲んでいったん打ち解けるとまるで別人。
 「この人って、こんなにアツいものを持っていたのか…」と。普段は、情熱を内に秘めながらもみなまで言わない。
 ああ、こういう感じいいなあ。こういう人たちと一緒に人生を過ごしていくのも面白いなあと思ったんです。
―青森の県民性について、どのように感じますか?
 まさに、「奥ゆかしい」という言葉がぴったりです。
 その奥ゆかしさがどこから来るのかなと考えた時に、「自然」というものにトピックが集まっているからだと思いました。
 青森では、桜の開花やりんごの生育、雪などが人々の暮らしの中に入り込んでいて、誰もが自然と折り合いながら生きています。東京は人間中心に物事が進んでいくことが多いように思いますが、青森で暮らし始めて、これこそが本来の人間らしい暮らしなんだなと実感しています。
多田さん
―移住後には、県内の若者を対象に作詞のワークショップを開催したこともあるそうですね?
青森の若者と交流してどんな印象を受けましたか?
 2019年に「弘前街ナカゼミ」というイベントで講師を務めたんですが、その際、入場料の代わりに、参加者の皆さんに詞を作ってきてほしいとお願いしたんです。
 詞を読んで驚きました。青森の若い方たちは、作詞のクオリティがものすごく高いんです。
 しかも、自然とか命を芯にしていて詞がとてもダイレクト。心の内に秘めているアツいものがたくさんあって、それを削ぎ落として研磨したものを詞に表現している。
 だから、すごく心に響いてくる。「秘められたアツさを感じました。
―現在、青森ではどのような音楽活動を行っていますか?
青森だからこそ実現できたことはありますか?
 「RINGOMUSUME」への楽曲提供、ボイストレーニング、レッスンのほか、地元のクリエイターの方たちへのアドバイスを行っています。
 「RINGOMUSUME」の楽曲制作に関しては、青森の自然や文化にインスピレーションを得ることも多いですね。
 「JAWAMEGI NIGHT!!」のミュージックビデオでは、岩木山神社で撮影したり、「JET GIRL」のミュージックビデオでは、青森空港の滑走路や飛行機の機内で撮影を行いました。
 こんなことが実現できるなんて、東京では絶対にありえません。クリエイターとして、こんなに面白いことはないですね!
 青森でのいろんな可能性を感じています。
―東京、または青森で暮らすメリットとデメリットはどんなところですか?
 東京は、意思決定をする人が集まっているので一つの場所ですぐに話し合いができることがメリットです。
 デメリットは、自然との関わりが薄いこと。何をするにも人が主体なので、「人がとがってしまう」感じがします。
 一方、青森で暮らすメリットは、みんなが協力し支え合って生きているのを実感できること。まるで、自然の中で生きている「チーム」のようです。
 先日、弘前では一晩で記録的な大雪に見舞われ、自宅の駐車場で車が雪にはまって立ち往生するアクシデントがありました。
 すると、どこからともなく人が集まってきて、あっという間に車を救出してくれたんです。そして、何も言わずに立ち去っていく。
 青森の方って本当にカッコイイ!僕、生まれて初めて「あの…せめて、お名前だけでも…」って口にしたほどです。
―若い人の中には、クリエイティブな仕事をするためには東京に行かないといけない、やりがいのある仕事をするためには首都圏に行った方がいいと思っている人もいます。
それについて、多田さんはどうお考えですか?
 なんとなく「東京に行った方がいい」と考えているのであれば、すごくもったいないと思います。
 なぜなら、創作に不可欠な「感性」を磨くのに青森ほどぴったりの場所はないと思うからです。地元にいるとその価値に気づきにくいかもしれませんが、僕のような東京出身者から見れば青森はとても価値のある場所です。
 今後、技術革新が進むにつれ、ますます感性が大切になっていく時代。青森で感性を磨き、自分たちが住んでいる場所を誇りに思ってアイデンティティを発信していくことが、もしかしたら全国規模で広がっていく近道なんじゃないかと思います。

 僕自身、音楽の仕事に就けたのは、東京にいたことが理由ではないと思っています。
 東京で一緒に仕事をしていた仲間に助けられたからであって、それは、「場所」ではなく「人」によるところが大きいんです。
 僕は今43歳ですが、人生のプライムタイムでもある働き盛りの時期に青森で暮らすことを選びました。
 僕は決して青森に余暇を過ごしに来たのではなく、バリバリ働くために来ました。いろんな人に出会ってどんどん曲を作って、日本中に響くような音楽を届けたい。そのために青森を選びました。
 青森は、創作活動をするにも環境的にも最高です。僕はふだん家で曲を書いている時間が多いので、ピアノを弾いてメロディを紡ぎ出すためには心を静かにすることが必要です。
 なので、心がざわざわする時は、心をリセットするために、週2回くらいは岩木山神社や近くの教会に出かけています。僕が特に信心深いとか特定の宗教を信じているとかではなく、心をフラットにする方法としてすごく自分に合っているからです。岩木山神社にお参りした後は、帰りに温泉でリフレッシュすることもあります。
 これが数時間でできちゃうなんて東京だと考えられないくらいぜいたくな環境です。

 また、東京では分業制で制作が進行することが多いため、全体像が見えにくい部分もあったんですが、青森ではあらゆることがワンストップでできるので、人のつながりの中で仕事ができます。
 作詞をしながらミュージックビデオの完成形がイメージできたり、大きな視点で仕事ができるのがメリットですね。
  • 多田さん
  • 打合せ風景
  • 打合せ風景
―心を整えられる環境など、ソフト面のメリットが大きいとのことですが、東京との距離があることでお仕事上、デメリットはありませんか?
 楽曲のデータ送信を含め、 ほとんどがパソコンでできてしまうので、特にデメリットは感じていません。
 たまたま、青森に移住したことを言いそびれていた東京の知り合いがいるんですが、1年間ほど気づかれなかったくらいです。
 僕が移住したことで、青森に興味を持った東京のクライアントさんや知り合いが訪ねてきてくれることもあります。そこから新たな仕事も生まれました。
 なので、青森に移住したことで仕事が減るどころか、むしろトータルでは増えており、デメリットは感じていないですね。
―青森に来てから、ご自身のライフスタイルに変化はありましたか?
 移住前は完全に昼夜逆転型の生活でした。でも、青森にはちゃんと昼と夜があるので、生活時間もだいぶ改善されました。
 また、青森は食べ物がおいしいので、日々の食事に関心を持つようになりましたね。東京にいるときは、単に「摂取してればいいや」という感覚に近かったのですが、せっかく食事をとるならおいしいもの、体にいいものを食べたいと思うようになったのも大きな変化です。
 苦手だったウニがこんなにおいしいものだと知ったり、あとは今まで恐れていたホヤが食べられるようになったり。
 生活リズムや食が改善されたり、リセット・リラックスの方法が身について、人間らしい生活に変わってきました。
―青森の中で、変わってほしいというところはありますか?
 県外の人から見れば、青森には「入場料を払ってでも訪ねてみたい」と思える魅力あるスポットがたくさんあります。
 でも、無料公開していることで、逆にその価値が正しく伝わっていないのでは?と感じることがあります。
 まずは、自分たちの地域の魅力に気づくこと、それを外部に発信していくことが、今以上に青森の価値を上げていくことにつながると思います。
多田さん
―最後に、県内の若い方たちにメッセージをお願いします。
 青森には、実はすごい才能を隠し持っている方がたくさんいると確信しているので、そういう人を発掘したり、地元のアーティストやクリエイターと一緒に仕事をしたいと思っています。
 青森だからこそ挑戦できること、ここでしか培えない感性があるはず!
 ぜひ一緒に、青森を舞台に面白い仕事をしましょう!
  • 機材
  • 作業風景
  • 多田さん
  • 作業風景
※掲載内容は2019年の取材時点のものです。

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電話:017-734-9128  FAX:017-734-8029

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