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更新日付:2022年10月 日 地域活力振興課

AOMORI LIFESHIFT人財インタビュー03 玉樹 真一郎さん

「田舎じゃ企画で食べていけない」と言われて確信を持てた

玉樹氏01 わかる事務所代表、元任天堂「Wii」ディレクター/プランナー

1977年八戸市生まれ。東京工業大学・北陸先端科学技術大学院大学卒。プログラマーとして任天堂に就職後、プランナーに転身。全世界で1億台を売り上げた「Wii®︎」の企画担当として、最も初期のコンセプトワークから、ハードウェア・ソフトウェア・ネットワークサービスの企画・開発すべてに横断的に関わり「Wiiのエバンジェリスト(伝道師)」「Wiiのプレゼンを最も数多くした男」と呼ばれる。2010年任天堂を退社。青森県八戸市にUターンして独立・起業、「わかる事務所」を設立。


地元に恩返しがしたい。任天堂を退職して八戸にUターン

八戸市に生まれて、高校卒業まで過ごしました。東京工業大学に進学し、その後石川県にある北陸先端科学技術大学院大学に進み、卒業後は任天堂へ入社し、本社がある京都に9年半住んでいたのですが、33歳のときに退職して八戸にUターンしました。

任天堂ではとても勉強させてもらい、仕事も充実していました。子供の頃からゲームが好きで、高校生の時にはゲームを自作するくらい任天堂が大好きで就職したので、一生勤めていくと思っていました。

一方で、自分はどんどん変わっていくのに、帰省するたびに地元は何も変わっていない、子供の頃の廃墟が今もそのまま廃墟のまま。そんな風に思っていました。30代にありがちな感じかもしれないけど、自分の故郷に対して何か恩返ししたいという気持ちになっていきました。それと、京都の夏は暑く、冬は寒い気候が合わなかったこともあります。

会社で学んだことを外で活かせるといいな、自分の故郷に何かできるといいなと漠然と考えていたのですが、会社を辞めて地元に戻って独立したら、すべて解決できるんだと気づいたんです。そう気付いてから3年間くらい悩んでいたのですが、33歳の時にエイッと辞めてしまいました。

辞めることに反対する人には「田舎で企画に何十万円も金払うやつはいないよ。誰もそんなことをやっている人はいない」と言われました。でも、任天堂の文化の一つに「人と違うと価値が出る」ということがあります。だから、「誰もいない? じゃあ大丈夫だ」と思ったんです。

それで、八戸市に「わかる事務所」を立ち上げました。企画を考えるお仕事のほか、講演やワークショップもしています。それから、NPO法人プラットフォームあおもりの副理事長として地域活性化や地方創生の仕事。また、オンライン翻訳サービスを提供するベンチャーの社外取締役や、起業を支援する会社のアドバイザー、三沢市まちづくりアドバイザー、八戸市まちの魅力創生ネットワーク会議の会長もしています。

Uターンしてきたときは、しばらくは仕事がないことを覚悟していたのですが、いろんな方が声をかけてくださって、あれよあれよという間に仕事が決まり、奥さんとも出会い、結婚して子どももできて、生活できています。

人と違うとなんとかなるなぁ。意外と生きられるというか、死ねないものですね。
  • 玉樹氏02

企画はみんなが納得するまでが仕事

企画屋の仕事とはどういうことなのかお話しすると、僕が任天堂時代に主に企画した商品として「Wii」というゲーム機があります。ゲーム機の企画は「ライバル社より100倍きれいなグラフィックスができて、しかも安い!」と言えたらそこで終了のはずなんです。でもそんなものは現実的に作れないので、できる範囲の中で売れるものを作らなくちゃいけない。では、どうするかを考えるのが企画屋のお仕事です。

いろいろなことを考えるのですが、一番大事なのは、世の中の人たちはゲームについてどんなことを感じているのか、面白いと感じているのかをリサーチし知恵を絞って企画を組み立てること。さらには、企画屋は企画を考えるだけでよいと誤解されがちだけど、関わる人みんなが納得するまで伝えることまでが企画屋の仕事です。製品をつくる際に決めなきゃいけないあらゆることについて論理的に説明できないと企画屋じゃないんです。当時、ゲーム業界が昔からのユーザー向けに商品を作っていった結果、ゲーム好きしか遊べない世界になって業界が縮小する気配がありました。そこで友達や家族と一緒に体を動かしながら、笑いながら遊べるように、とコンセプトを作りました。ものを作る時はすべてコンセプトが必要です。

青森で再認識した企画の価値

企画の仕事を始めた頃、一番印象に残っているのは八戸市にある牛乳配達屋の件です。訪問販売で契約を取ってきていましたが、売り上げがなかなか上がっていませんでした。そもそもセールス販売に対して良い印象をもたれていないし、たまたまうまくいっていざ契約だと思ったら、居間にいたご主人が出てきて追い出されてしまったり。それだけではなく、家の中から夫婦げんかが始まる声が聞こえるんですね。みんなの健康のために牛乳を勧めているのに、家庭不和を起こしてしまったと落ち込んでいました。

コンセプトをつくるために何度も議論しましたが、みなさんで悩みを共有する中で、奥さんにご主人を説得する責務を負わせていたことが見えてきました。そこで「夫婦仲を良くする牛乳配達屋になろう」とコンセプトを決め、試供品に効能を示すシールを貼ってご主人に渡しやすいようにしたり、夫婦割引を作ったり。夫婦仲を良くするためのデザインをし直した結果、売り上げが上がっていきました。

僕自身「田舎で企画では食えないよ」と言われて反発しながら、内心どうかなと思っていたところがありましたが、この件で結果を出せたことで希望を持ってやれるようになりました。田舎で企画で食べていくんだと、やっと信じられるようになりました。
  • 玉樹氏03

いずれ身近なことしかできなくなる、その時に満足できるかの勝負

僕はどこに住んでもいいし、地域と関わっても関わらなくても、満足して暮らしていられるならどちらでもいいと思っています。

でも、僕はUターンしてきたとき、何かと周りの人から助けられることがあったんです。Uターンしたことを知った知人から「こんなお仕事してみませんか」と声をかけてもらったり、相談に乗って欲しいと頼られたり、ありがたいなあと感じることが数多くあります。それだけじゃなくて、子供の頃を思い返してみると、オタクで引っ込み思案でうまく人と話せない僕に従兄のお兄さんは優しく接してくれていたな、一人じゃなかったなと気付くんです。そういうことに歳を取ると気が付き始める。そうなると地域に恩返ししたくなるフェーズが来ます。逆に、恩返ししないと幸せに感じない、満足しない、そういう状態になるんです。

世の中は情報革命が進み、どこにいても何でもできて素晴らしいことだと思います。でも、歳を取っていき、最後は自分が住んでいる町の周りの手近なことしかできなくなるはずです。僕は、今は企画の仕事で飯を食っていますが、いずれ出張に行けなくなり、頭も回らなくなり、キーボードを打つのも遅くなり、何もできなくなると思うんですよ。その時にそれに満足できる心になっているかどうかが勝負です。

いまは自分のことだけを考えている人でも、いずれは自分が住んでいる場所と密接に関わることになります。地域との関わりは「社会性を持ちましょう」「地域につながりましょう」と意識して行動することではなくて、もっと基礎的な「歩ける範囲にいる人や、歩ける範囲の場所と付き合うこと」ではないかと思います。

近所を散歩していると、おじいちゃんおばあちゃんが世話をしているすごくきれいな庭があります。たとえ小さくささやかな庭であっても、その庭があることでどれだけたくさんの人を安心させているか。

歳を取ると、あちこち行けなくなるのだから身近なところをきれいにする。それが「地域につながる」「地域とともに生きる」ことだと思います。僕も、いずれそういうことができるように、少しずつ準備をしていかなくてはいけないと思っています。
  • 玉樹氏04

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地域活力振興課人づくりグループ
電話:017-734-9133  FAX:017-734-8027

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