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更新日付:2022年9月8日 地域活力振興課

AOMORI LIFESHIFT人財インタビュー04 山際 祐治 さん

銀行を60歳で退職し、学び直して大学のキャリアカウンセラーに。
70歳からはボランティアで子どもたちの未来に貢献したい。

山際氏写真
1953年、東京都生まれ。大学卒業後、中央信託銀行(現三井住友信託銀行)に入行。融資や資産運用、人事・採用業務などに携わる。60歳で退職後、専門学校に通ってキャリアカウンセラーの資格を取得。派遣会社に登録し、大学のキャリアセンターで学生たちの就職を支援する仕事を始める。コロナ禍の2020年6月に退職。これからはキャリアカウンセリングに加えて、子どもたちの未来を支援するボランティアにも力を入れたく、コロナの終息を願っている。趣味はクラシックギター演奏と旅行。


50代半ばで感じた不安と葛藤

自分のやってきた仕事は、世の中に、人に、何か少しでも貢献できたのだろうか……そんな不安と葛藤を感じるようになったのは、50代の中盤を過ぎた頃です。それまで私は、銀行員として一所懸命に働いてきました。金融業界を志したのは、経済の血液といわれる「お金」にかかわる仕事だったから。社会的責任も大きいし、世のため、人のためになるような仕事をしたかったのです。もちろんそのようなやり甲斐を感じる局面もありましたが、バブル崩壊後は不良債権の回収に走るなど銀行の存続を第一に考えざるを得ない時期もありました。海外勤務や本部勤務も経験しましたが、常に仕事を最優先し、自分の時間や家族も犠牲にしてきました。社業には貢献してきたつもりですが、定年が近づくにつれて、自分の人生にさまざまな思いを抱くようになったのです。

これからは世のため人のために

そんな葛藤を経て、私は65歳までの嘱託雇用は選択せず、60歳での定年退職を決めました。仕事人生の最後は、会社から与えられる仕事ではなく、心からやりたいと思える、世のため人のためになる仕事をしたいと考えたからです。同時にこれまで犠牲にしてきた自分の趣味や家族との時間も大切にしたいという思いもありました。

すでに子どもは巣立っていましたし、年金ももらえる。妻も仕事をしており、経済的な心配はなさそうでした。退職を告げた時、妻からは「長い間おつかれさまでした」と。特に反対はされませんでした。

ただ、「世のため人のためになる仕事を」と漠然と志向していても、具体的なイメージはまだありませんでした。融資や資産運用については多少の自信がありましたが、もう金融の仕事はしたくない。じゃあ、いったい何をしようか……退職してからの1年間は、ボランティアでNPOに参加したり、失業保険の給付を受けたりしながら、「次」を模索する日々が続きました。

やりたいことは自分の中にあった

道筋が見えたのは、ハローワークのセミナーで勧められた「キャリアの棚卸し」をしてからです。自分にはどんな経験値やスキルがあって、誰にどんなことが提供できるのか。これまでのキャリアを振り返って事細かに書き出し、まとめていきました。

そうやって棚卸しをする中でふと思い出したのが、人事部で採用業務に従事していた頃のことです。志望に燃える大学生と面談し、彼らの将来、会社の将来の両方を考えながら採用を検討する。これが私にとって、楽しくもあり、心からやり甲斐を感じる仕事でした。採用に携わったのは数年間でしたが、後に私が採用した社員が活躍している姿を見て、「私の目に狂いはなかった」とほくそ笑んだり、「あの時に採用してもらったから今があります!」と感謝されたり。大きな達成感があり、会社の成長にも貢献できる仕事だったんですね。

そんなことを思い出しつつ世の中を見渡してみれば、3年を待たずに離職する新入社員や、若者の非正規雇用の増加が大きな社会問題となっていました。このままでは日本の社会は、産業はどうなってしまうのかという問題意識が徐々にふくらんで、「若者の就職活動を支援する」という仕事に、自分のセカンドキャリアの焦点が定まっていきました。

専門学校で学び直し、資格を取得

どうしたら学生の就職支援ができるだろうか。模索し始めた私は、キャリアカウンセラーという仕事があることを知りました。そこで専門学校に通い、「キャリアディベロップメントアドバイザー(CDA)」(当時)の資格を取得することに。この資格は後に「キャリアコンサルタント」として統合され、国家資格になっています。

専門学校では30代~60代の様々な仲間と学びましたが、その中で大きな気づきがありました。それはビジネスの世界では問題はあくまで「解決するもの」でしたが、カウンセリングでは相談者本人と信頼関係を築き、問題の本質を見極めることが一番大事だということです。カウンセラーにとって必要なのは、まずは話を傾聴して、気持ちに寄り添うこと。相談者にとって役立つ解決策をスピーディに提供することではなく、一緒に考えて最終的には相談者自身が解決策に気づく手助けをすることなんですね。「六十の手習い」と言いますが、60歳過ぎからの学び直しで、私はキャリアカウンセラーとして欠かせない視座を得ることができたのです。

大学のカウンセラーという理想的な仕事を手に入れた

こうして61歳にしてキャリアカウンセラーの資格を得ましたが、どうやって仕事をスタートさせるかも悩みどころでした。カウンセラーとして起業したとしても、私には顧客を探して仕事を成立させるノウハウがありません。そこで選んだのが、シニア世代の仕事探しを応援してくれる派遣会社でした。趣味や家族との時間も大切にしたい私には、多様な働き方が選べる派遣は好都合でした。

とはいえ資格はあっても60歳過ぎで実務経験はないですから、登録後、30件ほど不採用が続きました。けれども気長に待ったかいがあり、大学のキャリアセンターでの学生の就職支援、勤務は週1~3日という願ってもない仕事が舞い込んできたのです。私がそれまでの人生で経験してきたのは「採用する側がどう考え、どういう人材を採りたいのか」ということです。そんな私の知見をキャリアカウンセリングを通して提供し、学生たちが希望の会社を見つけ、そこに就職できたとき、これほどうれしいことはありません。

70歳からはボランティアへシフトしたい

それから5年。大学卒業後に一旦あきらめたクラシックギターを再び習ったり、妻と旅行を楽しんだりもしながら、キャリアカウンセラーとして充実した日々を過ごしてきました。しかしコロナ禍で大学に学生もこられなくなり、私も持病があったことから、2020年6月にやむなく退職。今は自宅にいてもできる社会貢献として、ユニセフなどへの寄付や、インドの貧しい女の子のチャイルドスポンサーという支援もしています。やはり若い人や子どもたちの課題に目が向きますね。

現在、69歳。もともと収入を得る仕事は70歳まで、それ以降はボランティアにシフトしようと思っていました。そこでコロナが収まったら、カウンセリングだけでなく、ヤングケアラーや貧困に苦しむ子どもたちの支援ができたらと考えています。子どもたちの将来は、日本の将来そのものです。健康に気を付けて、できる限り長く若者や子どもたちの支援を続けていきたいですね。

これから定年を迎える人へ

これまで会社から与えられた仕事にまじめに取り組んできた人ほど、早めにセカンドキャリアについて考えたほうがいいでしょう。そういう人ほど会社に便利に使われて、年齢とともにどんどんやりたくない大変な仕事が増えていき、疲弊してしまうからです。そして、どこかで必ず「自分の人生の主役は会社ではなく、自分なのだ」と切り替えなければならないときが来ます。やりたいことがわからない、自分には何のスキルもないという人には、私のように「キャリアの棚卸し」をしてみることをお勧めします。

単にこれまで経験した仕事や職務を書き出すだけでなく、そのときの気持ちにまで深堀りすると、本当に自分が好きなことが見えてきます。例えば自分は社会に貢献することが好きなんだなとか、仲間と一緒に何かを達成するのが楽しいんだなとか。ではそんな満足感が得られるのはどんな仕事だろうと考えれば、自分のこれまでの経験だけに縛られない、幅広い選択肢が見えてきます。学生時代にどんな仕事をしてみたいと考えていたのか、どんな人間になりたいと思っていたのかを思い出してみることも有効です。ぜひ自分らしいセカンドライフを見つけてください。

この記事についてのお問い合わせ

地域活力振興課人づくりグループ
電話:017-734-9133  FAX:017-734-8027

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