更新日:2008年7月22日 農村整備課
日本の穀倉地帯となっている青森の県土は、昔から今見るような姿ではありませんでした。
例えば、今は内陸にある三内丸山遺跡は、縄文時代には海辺でした。豊かな津軽平野も、人を寄せつけない葦の生い茂る原野でした。自然の大きな力とともに、人々の努力が、今ある姿をつくってきたのでした。
故司馬遼太郎氏は、「日本には農業土木という学問分野があり、学会もあります。他の国にはありません。・・・・このわれわれの先祖が、土木を含めた農業をやっていたというのはすばらしいことです。」と言っています。
本県の人々の絶ゆみない営みは、先人の言葉や地名になって刻まれています。ここでは、これら先人の言葉や地名の由来について紹介していきます。
先人の偉業に、大いに学びたいものです。
例えば、今は内陸にある三内丸山遺跡は、縄文時代には海辺でした。豊かな津軽平野も、人を寄せつけない葦の生い茂る原野でした。自然の大きな力とともに、人々の努力が、今ある姿をつくってきたのでした。
故司馬遼太郎氏は、「日本には農業土木という学問分野があり、学会もあります。他の国にはありません。・・・・このわれわれの先祖が、土木を含めた農業をやっていたというのはすばらしいことです。」と言っています。
本県の人々の絶ゆみない営みは、先人の言葉や地名になって刻まれています。ここでは、これら先人の言葉や地名の由来について紹介していきます。
先人の偉業に、大いに学びたいものです。
堰八人柱の図(青森県藤崎町堰神社奉納)
先人の言葉
司馬遼太郎「北のまほろば」
「藤崎町堰神社奉納願」
中村喜時 「耕作噺」(1)
中村喜時 「耕作噺」(2)
蛇口伴蔵 「階上岳山麓寺下観音堂奉納願文」
菅江真澄 「外浜奇勝」
安藤昌益「自然真営道」
江渡狄嶺「地涌のすがた」(1)
江渡狄嶺「地涌のすがた」(2)
「藤崎町堰神社奉納願」
中村喜時 「耕作噺」(1)
中村喜時 「耕作噺」(2)
蛇口伴蔵 「階上岳山麓寺下観音堂奉納願文」
菅江真澄 「外浜奇勝」
安藤昌益「自然真営道」
江渡狄嶺「地涌のすがた」(1)
江渡狄嶺「地涌のすがた」(2)
地名の由来
お問い合わせ
農林水産部 農村整備課 企画・調整グループ
電話:017-734-9545
FAX:017-734-8149

