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更新日付:2016年7月8日 りんご果樹課

青森りんごの歴史:大正

 第1次世界大戦による対戦景気や米騒動など経済は激動の時期を迎えました。
 りんごの減収についての調査研究も本格的に始まり、動力噴霧機も普及し始めました。
年次 歴史的事項
大正2年
(1913年)
県農事試験場の三浦道哉がりんご病原菌を検出し、ボルドー液散布の普及に努めた。
大正5年
(1916年)
東北農科大学(現、北海道大学)から県農事試験場に、島善鄰が赴任し、苹果減収の原因究明に取組む。
大正6年
(1917年)
明治43年から大正6年まで第2期生産恐慌、廃園2,000ヘクタール。
県農事試験場に苹果部を創設。
大正7年
(1918年)
第2期生産恐慌時代からようやく回復。
県農事試験場苹果部に初めてりんご専門の試験圃場(3.5ヘクタール)が開設。
大正10年
(1921年)
津軽林檎同業組合設立。主要都市に荷受機関と運送店を指定。
本県りんご栽培指導者農林技師島善鄰を4月欧米に派遣。
大正14年
(1925年)
生産過剰から価格暴落。
大正15年
(1926年)
青森県農事試験場苹果部を園芸部と改称。
県内のりんご出荷組合をもって青森県りんご生産同業組合を設立。また商人の団体として重要物産同業法の規定により青森県りんご移出同業組合が設立され、8支部を設け、りんご自治検査実施。

この記事についてのお問い合わせ

りんご果樹課・企画管理グループ
電話:017-734-9489  FAX:017-734-8143

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