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こどもデータランド-青森県のデータ

更新日:2009年8月19日 統計分析課

世界一のブナ林・白神

白神山地 (しらかみさんち)は、青森県南西部(なんせいぶ)から秋田県北西部(ほくせいぶ)にまたがる約13万ha(ヘクタール)に及ぶ広大(こうだい)な山地帯(さんちたい)の総称(そうしょう)です。太古(たいこ)の昔から変わらぬ自然が残っている白神山地は、1993年(平成5年)12月に日本初の世界遺産(せかいいさん)(自然遺産(しぜんいさん))として他の3件とともに登録(とうろく)されました。2008年(平成20年)7月現在、世界遺産リスト登録件数は878件、うち日本では白神山地を含め14件(自然遺産は白神、屋久島(やくしま)、知床(しれとこ)の3件だけ)です。
 地球上に残された世界最大級(せかいさいだいきゅう)の原生的(げんせいてき)なブナ林には、500種を超える植物が自生(じせい)し、非常に多くの動物たちが生息(せいそく)する貴重(きちょう)な生態系(せいたいけい)が保(たも)たれているのです。
 ブナ林は、動物たちのエサになる果実(かじつ)や木の葉(このは)が多くあるほか、水を蓄(たくわ)える力がとても大きいこと、大地に張りめぐらされた根が豪雨等(ごううとう)による地表浸食(ちひょうしんしょく)を防(ふせ)ぐ機能(きのう)があることも高く評価(ひょうか)されています。
 現在確認されているブナのうち最古(さいこ)のものは、推定樹齢(すいていじゅれい)400年、幹周(みきまわ)り465cm、胸高直径(きょうこうちょっけい)148cm、樹高(じゅこう)30mの巨木で、「マザーツリー」と呼ばれています。
 青森県には、守り伝えていきたい豊かな自然がいっぱいです。

資料:県自然保護課、社団法人日本ユネスコ協会連盟、林野庁、全国巨樹・巨木林の会

結集!!青森力 新幹線「はやて」

世界一速い新幹線「はやて」
 新型(しんがた)「はやて」の最高速度(さいこうそくど)は時速(じそく)320km。なんと!東海道(とうかいどう)・山陽(さんよう)新幹線「のぞみ」の時速300kmを追い抜き、フランスのTGVと並び世界一速い新幹線になります。車体(しゃたい)の揺(ゆ)れを瞬時(しゅんじ)に感知(かんち)し電気の力で振動(しんどう)を抑制(よくせい)する新型(しんがた)「フルアクティブサスペンション」を全車両(ぜんしゃりょう)に取り付けるのは日本初! さらに、カーブ通過時(つうかじ)に車体を傾(かたむ)ける「車体傾斜制御(しゃたいけいしゃせいぎょ)」と一緒(いっしょ)に搭載(とうさい)するのは世界初といわれ、最高の乗り心地(ごこち)!! そのうち1両は鉄道初の「スーパーグリーン車(仮称(かしょう))」が導入(どうにゅう)され、航空機のスーパーシートのような、最高級(さいこうきゅう)の客室設備(きゃくしつせつび)・空間(くうかん)が実現(じつげん)されます。

世界一長い陸上(りくじょう)トンネル「八甲田(はっこうだ)トンネル」
 「八甲田トンネル」は全長(ぜんちょう)26.455km、複線断面(ふくせんだんめん)では世界一長い陸上トンネルです。青森県の中央部(ちゅうおうぶ)にある八甲田山系(はっこうださんけい)の北端(ほくたん)に位置(いち)し、八戸・新青森間(81.8km)の約3分の1を占めるこのトンネルは、6年半にわたる掘削工事(くっさくこうじ)のすえ平成17年2月に貫通(かんつう)しました。

新幹線の鉄道橋(てつどうきょう)で橋脚間隔(きょうきゃくかんかく)が日本一長い
 三内丸山遺跡(さんないまるやまいせき)に近い国道7号青森環状道路(かんじょうどうろ)をまたぐ「三内丸山架道橋(かどうきょう)」は、全長450m。橋を支える橋脚の間隔(かんかく)は最長150m、新幹線の鉄道橋(てつどうきょう)で日本一長い間隔です。太い柱の両側(りょうがわ)から数本のケーブルが斜(なな)めに張られたエクストラドーズド橋で、柱の高さと桁(けた)の厚さを可能な限り抑(おさ)えているので、青森ベイブリッジなどの斜張橋(しゃちょうきょう)に比べて柱が低くケーブル角度(かくど)も水平に近いのが特徴(とくちょう)。東北新幹線、初(はつ)お目見(めみ)えです。

第3セクター鉄道として“日本一の長さに”「青い森鉄道(あおいもりてつどう)」
 東北新幹線全線開業(ぜんせんかいぎょう)と同時に、並行在来線(へいこうざいらいせん)である東北本線八戸・青森間がJR東日本から経営分離(けいえいぶんり)され、第3セクター鉄道「青い森鉄道」が青森まで全線開業します。青い森鉄道は平成14年12月に県境(けんきょう)の目時(めとき)・八戸(はちのへ)間(かん)の7駅、25.9kmで開業しましたが、全線開業後は目時・青森間121.9kmと日本一長い第3セクター鉄道となります。
 また、青い森鉄道は、日本で初めて上下分離方式(じょうげぶんりほうしき)を採用(さいよう)した第3セクター鉄道でもあります。上下分離方式とは、鉄道の車両(しゃりょう)(「上」にあたる部分)を、第3セクター鉄道会社が保有(ほゆう)して旅客(りょきゃく)の輸送(ゆそう)を行い、鉄道のレール、駅舎(えきしゃ)、ホーム等の施設8しせつ)(「下」にあたる部分)を県が保守管理(ほしゅかんり)する方式。新幹線と一緒に、このオンリーワンな青い森鉄道も、人と地域の元気をつないで走ります

もうひとつの“世界一長いトンネル”「青函(せいかん)トンネル」
 津軽海峡(つがるかいきょう)の海面下(かいめんか)240mの海底(かいてい)で北海道と結ばれる「青函トンネル」は、全長53.85kmで世界一長い海底トンネルです。昭和63年(1988年)3月に開通(かいつう)して以来(いらい)、20年経(た)った今も未(いま)だに破(やぶ)られていない、ものすごい技術(ぎじゅつ)です。
 2010年に青森まで開業する新幹線は、その後、この青函トンネルを通って北海道へと続いていきます。「新青森駅」の次の駅となる「奥津軽駅(おくつがるえき)(仮称)」の予定地(よていち)は、JR東日本(津軽線(つがるせん))の「津軽二股駅(つがるふたまたえき)」、JR北海道(海峡線(かいきょうせん))の「津軽今別駅(つがるいまべつえき)」、道の駅「アスクル」の3つの駅が隣あわせという全国でも珍(めずら)しい場所(ばしょ)。完成(かんせい)すると“しあわせ駅”と言われています。

資料:県新幹線交流推進課、県並行在来線対策室、青函トンネル記念館、JR北海道

温泉いっぱい ん~幸せ!

 環境省(かんきょうしょう)の温泉利用状況報告(おんせんりようじょうきょうほうこく)(平成19年3月末日現在)によると、青森県は温泉地の数が全国第4位、湧出量(ゆうしゅつりょう)も全国第4位の温泉の宝庫(ほうこ)。
 さらに、源泉総数(げんせんそうすう)のうち42度以上源泉数の割合(わりあい)でみると全国第2位。
 市街地(しがいち)でも温泉が湧(わ)き出すので、近所(きんじょ)の銭湯(せんとう)にも温泉銭湯が多くあります。
 青森県は人口10万人当たりの公衆浴場数(こうしゅうよくじょうすう)が24.6ヶ所(平成17年度)でダントツの全国第1位!なんと全国平均の4.7倍です。いつでも温泉や銭湯に入れるよう車に入浴セットを常備(じょうび)している人も珍しくありません。

国民保養温泉地指定第1号 酸ヶ湯温泉(すかゆおんせん)(青森市)
 300年ほど前、江戸時代(えどじだい)から開かれていた山の温泉宿(おんせんやど)。湯治客(とうじきゃく)も多い。名物(めいぶつ)は80坪(つぼ)の総(そう)ヒバ造り大浴場(だいよくじょう)「千人風呂(せんにんぶろ)」。昭和29年には国民保養温泉地(こくみんほようおんせんち)第1号に指定!これは、数ある温泉地のうち、温泉利用の効果が十分期待(きたい)され、かつ健全(けんぜん)な温泉地として優(すぐ)れた条件(じょうけん)を備(そな)えている地域を環境省が指定しているもので、全国に91ヶ所だけ(H19.4.1現在)。
 そして青森県には国民保養温泉地がもうひとつ!「薬研温泉(やげんおんせん)」(むつ市)が昭和46年に指定されています。

資料:県自然保護課、温泉利用状況報告(環境省)、統計でみる都道府県のすがた(総務省)、いで湯めぐり(県観光企画課)

日本最古のソメイヨシノ

弘前公園のソメイヨシノ
 藩政時代(はんせいじだい)、津軽氏(つがるし)の居城(きょじょう)であった弘前城(ひろさきじょう)は、現在、弘前公園(ひろさきこうえん)として多くの市民や観光客(かんこうきゃく)に親(した)しまれています。明治末期頃(めいじまっきころ)から市民による桜の寄贈(きぞう)が盛(さか)んになり、広さ約49.2haの園内(えんない)には、ソメイヨシノを中心に約50種2,600本の桜が、ちょうどゴールデンウィークのあたりに、艶(えん)を競(きそ)って咲(さ)き誇(ほこ)ります。
 日本最古(にほんさいこ)のソメイヨシノは明治15年(1882年)植栽(しょくさい)で樹齢(じゅれい)125年!二の丸・東内門の近くで見事(みごと)な花を咲かせます。寿命(じゅみょう)60年といわれるソメイヨシノ、昭和30年頃一度枯(か)れそうになりましたが、関係者(かんけいしゃ)が懸命(けんめい)の手当(てあ)てで蘇(よみがえ)らせたのです。桜の枝は剪定(せんてい)しないのが常識(じょうしき)だった当時(とうじ)、りんごの剪定技術(ぎじゅつ)を取り入れてみようと試(こころ)み、未来(みらい)を切り拓(ひら)いたのです。樹齢100年以上のソメイヨシノは他にも約20本!その1本、日本一太いソメイヨシノ(幹周(みきまわ)り5m35cm!)も「緑の相談所」裏で咲き誇ります。弘前公園の桜の美しさは、手間(てま)と時間を惜(お)しまず剪定と肥料(ひりょう)やりを熱心(ねっしん)に続けている賜物(たまもの)。日本一のりんごに欠かせない剪定技術とこれに合わせ独特な形の剪定鋏(せんていばさみ)を造り出してきた藩政時代の刀鍛冶(かたなかじ)から続く「津軽打刃物(つがるうちはもの)」の技術が下地なのです。
 また、同じ弘前市内の百沢(ひゃくさわ)~常盤野(ときわの)県道沿い、岩木山の南側総延長(そうえんちょう)20kmの桜並木(さくらなみき)(オオヤマザクラ6,700本)は世界一の長さ!岩木山神社(いわきさんじんじゃ)近くの桜林公園にも約1,000本の桜があります。
桜の本数が多い県内の公園
弘前市弘前公園(ひろさきしひろさきこうえん)2,600本
五所川原市芦野公園(ごしょがわらしあしのこうえん)2,200本
六戸町舘野公園(ろくのへまちたてのこうえん)2,000本
八戸市八戸公園こどもの国・植物園(はちのへしはちのへこうえんこどものくに・しょくぶつえん)1,600本
三戸町城山公園(さんのへまちしろやまこうえん)1,600本
南部町名川チェリリン村(なんぶちょうながわちぇりりんむら)1,000本
おいらせ町下田公園(おいらせちょうしもだここうえん)1,000本
弘前市桜林公園(ひろさきしさくらばやしこうえん)1,000本

暮らしやすさのトップランナー? 縄文の三内丸山

三内丸山遺跡
 平成6年に約4,500年前の巨大木柱(きょだいもくちゅう)が出土(しゅつど)して以来、三内丸山遺跡(さんないまるやまいせき)(青森市)は、従来(じゅうらい)の縄文観(じょうもんかん)をことごとく覆(くつがえ)しました。数多くの遺構(いこう)・出土品(しゅつどひん)が、縄文の三内丸山人(さんないまるやまびと)の暮らしが驚(おどろ)くほど豊かだったことを物語(ものがた)っています。

大きい!
・面積35ha、日本最大級の縄文集落跡(じょうもんしゅうらくあと)!
・巨大(きょだい)な柱穴(ちゅうけつ)6個は直径約2m、深さ約2mで、間隔(かんかく)がすべて約4.2m。中に直径約1mのクリの柱が残っていた!長方形の高床(たかゆか)の建物と考えられている。
・見つかった10数棟の大型竪穴住居跡(大型たてあなじゅうきょあと)のうち最大のものは長さ32mも!
・高さ32cmの板状土偶(ばんじょうどぐう)は国内最大級(こくないさいだいきゅう)!

長い!
・約5,500年前~4,000年前(縄文前期~中期)の集落跡で、1,500年間に及ぶ長期間(ちょうきかん)にわたり定住生活(ていじゅうせいかつ)!
・竪穴住居跡(たてあなじゅうきょあと)、大型竪穴住居跡、大人の墓(はか)、子どもの墓、盛土(もりど)、掘立柱建物跡(ほったてばしらたてものあと)、貯蔵穴(ちょぞうけつ)、粘土採掘坑(ねんどさいくつこう)、捨て場(すてば)、道路跡(どうろあと)など、集落内の施設配置(しせつはいち)に計画性(けいかくせい)があり、およそ1,500年間維持(いじ)され続けた!
・ヒョウタン、ゴボウ、マメなどの栽培植物(さいばいしょくぶつ)が出土(しゅつど)し、DNA分析(ぶんせき)によりクリの栽培も明らかに!クリは食料、建材(けんざい)、燃料(ねんりょう)として重要(じゅうよう)な植物だった。

多い!
・土器(どき)、石器(せっき)、土偶(どぐう)、装身具(そうしんぐ)、掘り棒8ほりぼう)、袋状編み物(ふくろじょうあみもの)、漆器(しっき)、骨角器(こっかくき)、ヒスイ、黒曜石(こくようせき)など数多く出土(しゅつど)し、ダンボ-ル箱4万箱分!(積み上げるとエベレストとほぼ同じ高さ!)
・出土した土偶は1,800点以上、圧倒的(あっとうてき)な多さで日本一!

遠くから!
・ヒスイは約500kmも離れた新潟県糸魚川市(いといがわし)周辺のもの!
・黒曜石は北海道や約580kmも離れた長野県のものも含まれている!
・アスファルト、コハクなどは100~200km圏内(けんない)のものが運ばれており、遠く離れた他の地域との交易(こうえき)も盛(さか)んだった!

「北海道・北東北の縄文遺跡群(じょうもんいせきぐん)」の世界文化遺産登録(せかいぶんかいさんとうろく)をめざして
青森県では、北海道、岩手県、秋田県とともに縄文遺跡群の世界文化遺産登録をめざしています。全国で88,199か所ある縄文遺跡の約23%に当たる19,846か所が北海道・北東北に分布(ぶんぷ)しています(平成19年6月現在)。北海道・北東北は、まさに「縄文遺跡の宝庫(ほうこ)」といえます。
 世界文化遺産登録をめざしている「北海道・北東北の縄文遺跡群」は、青森県の特別史跡三内丸山遺跡をはじめとする8つの遺跡を含む縄文時代の草創期(そうそうき)から晩期(ばんき)までの各時期にわたる15の縄文遺跡で構成(こうせい)されており、平成21年1月には、ユネスコの「世界遺産暫定一覧表(せかいいさんざんていいちらんひょう)」に記載(きさい)されました。
 三内丸山遺跡は、平成12年(2000年)に国の特別史跡(とくべつしせき)に、平成15年(2003年)には出土品(しゅつどひん)1,958点が重要文化財(じゅうようぶんかざい)に指定されました。

資料:県教育庁文化財保護課
三内丸山遺跡公式ホームページ

青森りんご「日本一!」って?

青森県のリンゴ
全国収穫量(ぜんこくしゅうかくりょう)の半分以上を占める日本一の青森りんごは、明治8年(1875年)春、当時の内務省勧業寮(ないむしょうかんぎょうりょう)から3本の苗木(なえぎ)が配布(はいふ)され、県庁構内に植えられたのが始まり。現在、県庁前庭(ぜんてい)では昭和38年以降に植えられた14種類のりんごの木が実をつけます。日本最古(さいこ)のりんごの樹(き)(つがる市柏(かしわ))は、明治11年(1878年)植栽(しょくさい)で樹齢(じゅれい)130年!今も約40箱もの実をつけます。日本一長いりんごの並木道(なみきみち)は、五所川原市が全国で唯一(ゆいいつ)生産す
る果肉まで“赤~いりんご”が約1kmにわたり約380本植えられた並木道。
 黒石市にある県のりんご試験場(しけんじょう)は、日本唯一のりんごの専門試験研究機関(せんもんしけんけんきゅうきかん)で、昭和6年(1931年)設立(せつりつ)。果樹(かじゅ)研究で有名な英国(えいこく)イースト・モーリング研究所を模した旧試験場本館は、現在「りんご史料館(しりょうかん)」となっています。
 また、日本の果物(くだもの)の海外輸出量(かいがいゆしゅつりょう)(H17年)の65%がりんご、そのうち約9割が青森りんごなので、全体の約60%を占める日本一!海外でも“高級(こうきゅう)りんご”として人気が高く、特に台湾(たいわん)を中心に輸出量急増中(きゅうぞうちゅう)!

青森りんご「日本一!」データ
「収穫量(しゅうかくりょう)」日本一!
457,900t(平成19年)
全国シェア 54.5%

「栽培面積(さいばいめんせき)」日本一!
21,200ha(平成19年)
全国シェア 53.1%

「産出額(さんしゅつがく)」日本一!
730億円(平成18年)

「東京中央卸売市場年間取扱金額(とうきょうちゅうおうおろしうりしじょうねんかんとりあつかいきんがく)」日本一!
141億8千万円(平成19年)
市場シェア 74.2%

資料:県りんご果樹課、平成18年農業産出額(市町村別推計値)(農林水産省)、東京都中央卸売市場

決め手は青森県産!

決め手は青森県産
 日本の食料自給率(しょくりょうじきゅうりつ)が40%と低下する中、青森県は118%(H18年度、カロリーベース)で全国第4位!胸(むね)を張(は)って自慢(じまん)できる「安全・安心」で「おいしい」農林水産物(のうりんすいさんぶつ)がいっぱいです。りんごだけでなく、米、野菜、果実、畜産、漁業のバランスが良く、収穫量・生産量の多さはもちろん、農業産出額(のうぎょうさんしゅつがく)・漁業生産額(ぎょぎょうせいさんがく)や東京中央卸売市場年間取扱金額もすごい!
 やっぱり「決め手は、青森県産!」ですね。
野菜・果実
 収穫量日本一のながいも、にんにく、ごぼうは金額でもすごいのはもちろん、だいこんは産出額でごぼうを上回っています。果実はりんごだけでなく、さくらんぼ、ぶどうも健闘!
収穫量全国ベスト10の野菜(平成17年)
畜産
 鶏卵(けいらん)は東京中央卸売市場(とうきょうちゅうおうおろしうりしじょう)における年間取扱金額(ねんかんとりあつかいきんがく)が全国第1位!
 産出額(さんしゅつがく)をみるとブロイラーは全国第4位!豚(214億円)は県内農業産出総額2,885億円の7.4%を占め、りんご(730億円)、米(589億円)に次ぐベスト3!
収穫量全国ベスト10の野菜(平成17年)
魚介類
 海面漁業(かいめんぎょぎょう)・養殖業(ようしょくぎょう)は総生産量232,153tで全国第5位、総生産額552億円で全国第7位!いか類、ひらめの生産量及び生産額は全国第1位、ほたてがいは第2位!まぐろ類、かれい類、うに類も生産量が多い!

収穫量全国ベスト10の野菜(平成17年)
資料:農林水産統計速報、平成19年畜産統計、平成18年農業産出額、平成18年食鳥流通統計調査結果、平成18年海面漁業・養殖業生産額(農林水産省)、東京都中央卸売市場統計情報

再生可能(さいせいかのう)エネルギーに追い風(おいかぜ)を受けて

 青森県の豊(ゆた)かな自然環境(しぜんかんきょう)を活(い)かし導入(どうにゅう)を進めている、風力発電(ふうりょくはつでん)、太陽光発電(たいようこうはつでん)、バイオマスや地熱利用(じねつりよう)などの再生可能エネルギー。青森県の再生可能エネルギーのポテンシャルは、県内のエネルギー消費量(しょうひりょう)の111%を賄(まかな)うことが可能と試算(しさん)されています。
収穫量全国ベスト10の野菜(平成17年)
 中でも風力発電は、県内各地(かくち)に合わせて169基(き)の風車(ふうしゃ)があり、発電設備容量(はつでんせつびようりょう)240,625kWで、ともに全国第2位! そして、世界初の風力発電に蓄電池(ちくでんち)を併設(へいせつ)して出力(しゅつりょく)を安定(あんてい)させる「大規模(だいきぼ)ウィンドファーム」が、六ヶ所村(ろっかしょむら)に建設(けんせつ)されました。
県内の主な風力発電施設
 さらには、電気自動車(でんきじどうしゃ)などの次世代(じせだい)自動車の導入(どうにゅう)・普及(ふきゅう)、豊富(ほうふ)な森林(しんりん)バイオマス資源(しげん)の新たな有効利用(ゆうこうりよう)(ストーブ用の木質(もくしつ)ペレットなど)や「津軽海峡(つがるかいきょう)」での海流発電(かいりゅうはつでん)の研究(けんきゅう)などなど・・・
 豊富な自然(しぜん)エネルギーを活かしてCO2排出(はいしゅつ)を減(へ)らし、地球温暖化問題(ちきゅうおんだんかもんだい)に取り組む。青森県の先進的(せんしんてき)な取り組みに、今、追い風が吹いています。

資料:県エネルギー総合対策局、NEDO技術開発機構

スポーツを楽しもう!

 「10歳以上の県民が楽しむスポーツ」の青森県ベスト5は、男女とも全国的な傾向(けいこう)とほぼ同じです。全体で「何かスポーツをした人」は男60.7%・女47.8%で全国値(男70.4%・女60.5%)と比べて少ないのですが、年間雪日数全国第2位の青森県、もし調査項目(ちょうさこうもく)に「雪かきトレーニング」なんてあったら、スポーツをする人が日本一多い県になること間違(まちが)いなしかも?
 また、各種目(しゅもく)ごとの「1人当たり年間行動日数(ねんかんこうどうにっすう)」で青森県が全国順位上位(じゅんいじょうい)のものを見てみると・・・なんだかとても熱心(ねっしん)な様子(ようす)が見える気がしませんか?
資料:平成18年社会生活基本調査(総務省)、県教育庁スポーツ健康課

すもう王国あおもり

 テレビの前で、おすもうさん以上に力(りき)んで郷土(きょうど)の力士(りきし)に声援(せいえん)を送る青森のお父さんやお母さんたち。江戸時代、力士は大名家に召(め)し抱(かか)えられ藩(はん)の威信(いしん)をかけて土俵(どひょう)に臨(のぞ)む、お国のスターだったのです。時代が移り変わった今も、郷土の誇(ほこ)りであることに変わりはありません。

 そんな中で、相撲王国の名をほしいままにしてきたのが青森県です。
 最古の番付(ばんづけ)が残っている宝暦(ほうれき)7年(1757年)からこれまで、本県は「幕内(まくうち)」に82人の力士を送り出してきました。これは、文句なしの全国第1位です。
 また、平成21年1月場所現在、「関取(せきとり)」と呼ばれる「十両(じゅうりょう)」以上の力士は8人。これも、モンゴルと並んで出身都道府県別で第1位です。
 もっとすごいのは、明治16年5月場所に「一ノ矢」が入幕(にゅうまく)して以来125年間、ひと場所も幕内力士が途絶(とだ)えたことはありません。なるほど、大相撲放送に釘付(くぎづ)けになるのも、うなづけますね。

 大相撲の最高位(さいこうい)「横綱(よこづな)」。これまで本県出身の「横綱」は6人で、北海道の8人に次いで第2位です。
 優勝力士10人も第2位、成績優秀者に贈(おく)られる三賞(殊勲賞(しゅくんしょう)・敢闘賞(かんとうしょう)・技能賞(ぎのうしょう))受賞者も23人で第2位。三賞の中でも、技のキラリと光る力士に贈られる技能賞は16人で、ダントツの第1位です。

 また、大相撲には、勝者を判定(はんてい)する「行司(ぎょうじ)」や、競技の準備、進行に携わる「呼出(よびだ)し」、力士の大銀杏(おおいちょう)を結(ゆ)う「床山(とこやま)」などの職がありますが、行司の最高位「立行司(たてぎょうじ)」の第33代 木村庄之助(きむらしょうのすけ) を襲名(しゅうめい)したのも、呼出しの最高位「立呼出し(たてよびだし)」の初代に任命されたのも本県出身者です。また、床山の最高位「特等床山(とくとうとこやま)」も本県から誕生しています。
 青森は、行司も呼出しも床山も、競技に必要な全ての分野で“横綱”を輩出(はいしゅつ)しているのです。

 かつては神社や学校の土俵で多くの大会が開かれ、子供たちの遊びの中にあった相撲。昭和21年から再開された「全国高等学校相撲選手権大会」での団体優勝10回は、高知県の14回に次いで第2位。また、本県の田中英寿(たなかひでとし)がアマチュア相撲界最多の34タイトルを獲得(かくとく)するなど、郷土の相撲を愛する心と、熱心な指導者たちから受け継がれてきた技が、「相撲王国あおもり」の広い裾野(すその)を支えているのです。

資料:(財)日本相撲協会公式サイト、青森県力士人名辞典(今靖行著)、改訂青森県郷土力士物語(今靖行著)

県民の趣味(しゅみ)・娯楽(ごらく)

 「10歳以上の県民の趣味・娯楽」の青森県ベスト5は、男女ともだいたい似ており、また全国的な傾向(けいこう)とも大差(たいさ)ありません。
 また、各趣味ごとの「1人当たり年間行動日数(ねんかんこうどうにっすう)」で青森県が全国順位上位(じゅんいじょうい)のものを並(なら)べてみると・・・何か特徴(とくちょう)が見える感じがしませんか?
資料:平成18年社会生活基本調査(総務省)

やっぱり、ラーメンが好き?

 家計調査(かけいちょうさ)の品目別消費(ひんもくべつしょうひ)ランキング(県庁所在市別(けんちょうしょざいしべつ))を眺(なが)めると、なんと!青森のカップめん購入数量(こうにゅうすうりょう)(1世帯当たり)が、全国第1位ではありませんか。調理(ちょうり)が面倒(めんどう?安くて早いから?いいえ、よく見ると、中華めん購入金額(こうにゅうきんがく)も全国第2位。外食(がいしょく)も中華そばの食事代が全国第4位(全国平均の1.70倍)。私たちは、ラーメンが大好きなんです。
 そういえば、味噌(みそ)ラーメンにどーんと乗っかってくるもやし購入数量第2位(全国平均の1.35倍)をはじめ、豚肉(ぶたにく)購入数量第2位(全国平均の1.19倍)も、わかめ購入数量第8位(全国平均の1.13倍)も、みーんなラーメンの具(ぐ)に変身(へんしん)しているの?
 何時(いつ)でも、どこでも。とにかくラーメンが食べたい。そんな青森県民の期待に応えるラーメンたちの実力はかなりのものです。
 青森のラーメンは、煮干し(にぼし)、焼干し(やきぼし)ダシをベースとしたしょう油系(けい)を基本とし、並行(へいこう)して進化してきた味噌ラーメンを両輪(りょうりん)としますが、それに飽(あ)きたらず、地元ならではの食材を活かしたニューウェーブの開発にも余念(よねん)がありません。
 めんに特産にんにくを練(ね)り込んだ「にんにくラーメン」、しじみたっぷりの「しじみラーメン」、「りんごラーメン」、「いかすみラーメン」、「馬肉(ばにく)ラーメン」などなど。なかでも、青森のソウルフード「味噌カレー牛乳ラーメン」は、テレビなどで取り上げられ一気にブレイク!
 そのほかの青森ラーメンたちも、メジャーデビューの日は近い!?
  • 資料:家計調査にみる品目別支出金額及び購入数量の都道府県庁所在地別ランキング(平成19年)(総務省)

オンリーワンで行こう!元気な企業たち

 青森県には、アイデアを原動力(げんどうりょく)に、新しい技術を全国・海外へ発信し続ける元気な企業がたくさんあります。共通(きょうつう)するのは、「創意工夫(そういくふう)で他社との差別化(さべつか)を図る」、つまり、オンリーワンで行こう!ということ。

世界初! 食品カロリー自動測定装置(じどうそくていそうち) 株式会社ジョイ・ワールド・パシフィック(平川市)
 電子レンジのような機械に食品を入れボタンを押すだけ、わずか数分でカロリー数値が自動表示(じどうひょうじ)。光の波長(はちょう)“近赤外線(きんせきがいせん)”を応用し、食品を傷めずに、生の食材から弁当など調理後の総カロリーまで1回で測定!肥満(ひまん)への関心の高いアメリカなど世界進出を視野に各国へ特許出願(とっきょしゅつがん)。

世界トップレベル! 産業用抵抗器(さんぎょうようていこうき) ニッコーム株式会社(三沢市)
 
 世界トップレベルの精度(せいど)を誇(ほこ)る産業用抵抗器を開発。産業用機械の制御装置(せいぎょそうち)や新幹線列車制御、精密電子計測器(せいみつでんしけいそくき)などからハイブリッド自動車にまで使われている。取引先は国内400社、海外50社!様々な用途(ようと)で世界の社会インフラを支えている。

国内トップクラス! ストッキング生産 アツギ東北株式会社 むつ事業所(むつ市)
 日本市場(しじょう)のストッキングのパイオニア、アツギ株式会社のストッキング国内生産の大半(たいはん)を担(にな)う。2007年10月合併により、アツギむつ株式会社から商号変更(しょうごうへんこう)。工業統計調査(H16年)で青森県が「パンスト出荷金額(しゅっかきんがく)」日本一となったひとつの大きな要因。

世界中に出荷! 最先端医療機器(さいせんたんいりょうきき) 青森オリンパス株式会社(黒石市)
 医療用内視鏡分野(いりょうようないしきょうぶんや)の中でも、特に医療用処置具(いりょうようしょちぐ)の開発・生産で力を発揮(はっき)。内視鏡の飛躍的(ひやくてき)な進化に伴い、胃の早期ガンや大腸の隆起性病変(りゅうきせいびょうへん)など、開腹(かいふく)せずに検査や治療が行われるようなり、医療現場の必須(ひっす)アイテムとして求められる最先端(さいせんたん)の医療用処置具は、およそ1,000種類以上!

世界初!光学素子(こうがくそし)「クロビット」 株式会社テクニカル(弘前市)
 0.2mmの直角三角プリズムは世界最小クラス。同社が開発した「クロビット」は、大き
さ・形状(けいじょう)・屈折率(くっせつりつ)の異なる複数のプリズムを組み合わせることにより、1台のカメラでコインの表裏やサイコロの6面を同時に見ることを可能にした。

プロが絶賛(ぜっさん)! 音質向上(おんしつこうじょう)「クリーン電源(でんげん)」 光城精工有限会社(平川市)
 オーディオ機器(きき)の電力を安定化し、音質向上(おんしつこうじょう)に重要な役割を果たす。プロミュージシャンや全国のオーディオマニア、劇場(げきじょう)などから評価され、音質に感激(かんげき)したギタリストで日本音響学会会長(にほんおんきょうがっかいかいちょう)の寺内タケシ氏から感謝状(かんしゃじょう)も!

世界トップレベル!電子部品検査機器で新領域(しんりょういき) 株式会社日本マイクロニクス(平川市)
 パソコン、TV、携帯電話などに多く使用される半導体(はんどうたい)などを検査する装置(そうち)を開発。直径(ちょっけい)10~200ミクロン(1千分の1mm)の極細(ごくぼそ)の金属線を30~200ミクロン間隔(かんかく)で並べた検査器具や、1千兆分の1アンペアという微小(びしょう)電気を計測できる装置など、ハイテク産業の高度な要求(ようきゅう)に応える優(すぐ)れモノ。シェアは世界トップクラス。

世界が認める新技術!時計文字盤用電着時字(とけいもじばんようでんちゃくときじ) テフコ青森株式会社(弘前市)
 時字(ときじ)とは、腕時計の文字盤に貼り付ける目盛(めもり)、数字のこと。電気分解形成法(でんきぶんかいけいせいほう)から開発された新技術で大幅(おおはば)な省力化(しょうりょくか)、デザインの多様化を実現。ピーク時には、世界で生産される高級(こうきゅう)時計の10%を超える約800万個に使用。

世界初!小型光センサー糖度計(とうどけい) 東和電機工業株式会社(藤崎町)
 りんごなど果実(かじつ)の表面に光センサーを当てるだけで測定(そくてい)できる小型糖度計を開発。樹(き)に実(みの)ったままの果実も測定できる「非破壊(ひはかい)・ハンディタイプ」の糖度計は世界初!生産高は日本一!

資料:全国のモノ作り中小企業300社(経済産業省)、東北の「光り輝く」企業たち(財団法人東北産業活性化センター)、県商工政策課、県新産業創造課、21あおもり産業支援センター、東奥日報社

青森県のピカピカ人財

 さまざまな分野(ぶんや)で、夢をもって未来を拓(ひら)く、個性豊(こせいゆた)かな、素晴らしい人財(じんざい)(人材)をたくさん輩出(はいしゅつ)している青森県。いくつかの分野に焦点(しょうてん)を当て、「数字だけでは読めない」ピカピカな人財の足あとをたどってみました。他にももっともっとたくさんのピカピカ人財がいます。調べてみると意外(いがい)な発見があったり、なかなか楽しいですよ。
ピカピカ人財 技術・工学編(ぎじゅつ・こうがくへん)
 産業発展(さんぎょうはってん)のカギとして、今、注目を浴(あ)びているのが「モノ作り」の力です。
 青森県には、英知(えいち)と技術力で日本のモノ作りを牽引(けんいん)した人たちがいます。
工藤 富治(くどう とみじ)
(1889~1959)
むつ市
金属製(きんぞくせい)として初めて長距離飛行(ちょうきょりひこう)の世界記録を達成(たっせい)したフランスの飛行機「D33型」の製作責任者(せいさくせきにんしゃ)。
1938年には、日本の超長距離試作機(ちょうちょうきょりしさくき)「航研機(こう けんき)」を製作 し、世界記録を更新(こうしん)。
木村 秀政(きむら ひでまさ)
(1904~1986)
五戸町
「航研機(こうけんき)」の設計に携(たずさ)わった後、初の国産旅客機(りょかくき)「YS11」を開発。
YS11はプロペラ機で、短い滑走路(かっそうろ)でも発着(はっちゃく)できるのが特徴(とくちょう)。頑丈(がんじょう)なつくりで、製造が終了して30年以上たった現在でも、海外で活躍している機体がある。
堀江 左吉(ほりえ さきち)
(1845~1907)
弘前市
洋風建築(ようふうけんちく)の先覚者(せんかくしゃ)。津軽藩(つがるはん)の城大工(しろだいく)の家に生まれ、独学(どくがく)で、斬新(ざんしん)な洋風建築を数多く手がける。
建築を「作品」にまで高め、文化財(ぶんかざい)に指定(してい)されている建物も多い。
中村 松太郎(なかむら まつたろう)
(1894~1987)
八戸市
県内外の重要な寺社(じしゃ)の建立(こんりゅう)・修復(しゅうふく)に携(たずさ)わり、「日本の名工(めいこう)100人」に。
自宅の失火(しっか)で消失(しょうしつ)した寺院(じ いん)の再建(さいけん)を悲願(ひがん)に宮大工(みやだいく)を志(こころざ)し、54年目にして寺の再興(さいこう)を果(は)たす。

ピカピカ人財 科学編(かがくへん)
 未踏(みとう)の領域(りょういき)に果敢(かかん)に挑戦(ちょうせん)し、新たな「知(ち)」を生み出す科学者。
 青森県には、探求心(たんきゅうしん) と創意工夫(そういくふう)で私たちの知識(ちしき)や幸福(こうふく)に貢献(こうけん)した人たちがいます。
石館 守三(いしだて もりぞう)
(1901~1996)
青森市
東京大学の初代(しょだい)薬学部長(やくがくぶちょう)。ハンセン病の治療薬(ちりょうやく)プロミンの国産化に成功。がんの化学療法剤(かがくりょうほうざい)第1号の開発など、薬学上、数々の実績(じっせき)。
「人類愛」の理念(りねん)のもと、アジア各国のハンセン病、エイズ対策などに心血(しんけつ)を注(そそ)いだ。日本薬剤師(やくざいし)会長。
西山 正治(にしやま しょうじ)
(1922~1993)
八戸市
世界初の「レントゲン車」を開発(かいはつ)した医師。
さらに、あらゆる角度からの撮影(さつえい)を可能(かのう)とする「ジャイロスコープ」の開発が世界に認められ、国際医学放射線学会賞(こくさいいがくほうしゃせんがっかいしょう)に輝(かがや)く。
畑井 新喜司(はたい しんきし)
(1876~1963)
平内町
我が国近代生物学(きんだいせいぶつがく)のパイオニア。東北大学付属浅虫実験所(とうほくだいがくふぞくあさむしじっけんじょ)開設(かいせつ)に尽力(じんりょく)。
「太平洋学術(がくじゅつ)会議」の席上、優(すぐ)れた業績(ぎょうせき)を残した研究者に贈(おく)られる賞は、「畑井メダル」と呼ばれる。
一戸 直蔵(いちのへ なおぞう)
(1878~1920)
つがる市木造
日本天文学界(てんもんがっかい)の功労者(こうろうしゃ)。東京天文台(てんもんだい)の観測主任(かんそくしゅにん)を務(つと)め、大型望遠鏡(おおがたぼうえんきょう)による宇宙観測(うちゅうかんそく)を主張(しゅちょう)。
「日本天文学会」の創設(そうせつ)を推進(すいしん)したほか、科学誌(かがくし)「現代之科学(げんだいのかがく)」を創刊(そうかん)し、科学ジャーナリストとしても活躍(かつやく)。
大型望遠鏡は、1999年にハワイに完成した「すばる」により、没後(ぼつご)約80年を経(へ)て実現(じつげん)。

ピカピカ人財 ジャーナリズム編
青森県は、草創期(そうそうき)から、わが国ジャーナリズム界を牽引(けんいん)する蒼々(そうそう)たるジャーナリストを輩出(はいしゅつ)してきました。
陸 羯南(くが かつなん)
(1857~1907)
弘前市
 明治の言論界(げんろんかい)をリード。新聞「日本」を創刊(そうかん)。明治20年代、日本の近代化・国際化の過程(かてい)にあって、欧化主義(おうかしゅぎ)に反対する立場をとり、国民の精神的共同体(せいしんてききょうどうたい)としての国家を説(と)いた。
鳥谷部 春汀(とやべ しゅんてい)
(1865~1908)
五戸町
 人物評論(じんぶつひょうろん)の第一人者(だいいちにんしゃ)。明治30年代雑誌「太陽」を主宰(しゅさい)。周到(しゅうとう)な調査に基づく平明(へいめい)な文章による客観的(きゃっかんてき)な人物評論は「天下の絶品(ぜっぴん)」と称(しょう)された。
羽仁 もと子(はに もとこ)
(1873~1957)
八戸市
 日本初の女性記者。「家庭之友」を創刊(そうかん)、後に独立し婦人之友社を設立(せつりつ)。雑誌を通じ、女性が自分の才覚(さいかく)で家庭を切り盛りする知恵(ちえ)と勇気(ゆうき)を与えた。子どもたちの自由な発想(はっそう)を助け才能
を伸ばす教育のため「自由学園」を創立(そうりつ)。
沢田 教一(さわだ きょういち)
(1936~1970)
青森市
 報道カメラマン。ベトナム戦争の悲惨(ひさん)さや残酷(ざんこく)さを4年以上
も最前線(ざいぜんせん)で撮り続け、戦場に散(ち)った。国際的に高く評価され、受賞は多数。「安全への逃避(とうひ)」はピュリッツァー賞に輝く。

ピカピカ人財 文学編(ぶんがくへん)
 日本を代表する多くの文学者(ぶんがくしゃ)を世に送り出してきた青森県。文学界のビッグタイトル、芥川賞(あくたがわしょう)・直木賞(なおきしょう)の受賞者も輩出(はいしゅつ)しています。
太宰 治(だざい おさむ)
(1909~1948)
五所川原市金木
 近代(きんだい)日本文学を代表する作家。波乱(はらん)に満(み)ちた生き方から暗いイメージで捉(とら)えがちだが、「人を喜ばせるのが好きな作家」太宰の作品には繊細(せんさい)な感情と豊かな知性、ユーモアが漂(ただよ)っており今でも人気が衰(おとろ)えない。「走れメロス」「津軽」「斜陽(しゃよう)」「人間失格」「お伽草紙(おとぎそうし)」など多くの作品が国内外で読まれている。
石坂 洋次郎(いしざか ようじろう)
(1900~1986)
弘前市
 ユーモラス・軽快(けいかい)な青春小説で国民的人気を博(はく)した作家。「若い人」「青い山脈(さんみゃく)」「石中先生行状記(ぎょうじょうき)」など次々とヒット作を発表。「陽のあたる坂道」など映画化された作品も数多い。
今 官一(こん かんいち)
(1909~1983)
弘前市
 県人初の直木賞作家。1956年「壁の花」で第35回直木賞。1960年には同人雑誌「現代人」を創刊。1980年に帰郷(ききょう)し郷土(きょうど)の作家を育成(いくせい)した。
三浦 哲郎(みうら てつお)
(1931~ )
八戸市
 県人唯一(ゆいいつ)の芥川賞作家。1961年「忍ぶ川」で第44回芥川賞。長編(ちょうへん)・短編(たんぺん)・自伝的小説(じでんてきしょうせつ)・歴史小説とたゆみなく発表し、数多くの文学賞を受賞。
長部 日出雄(おさべ ひでお)
(1934~ )
弘前市
 1973年「津軽世去(よさ)れ節(ぶし)」「津軽じょんから節」で第69回直木賞。東京での記者、映画評論家を経て17年ぶりに帰郷し、2年4ヶ月かけて津軽を歩きまわり綿密(めんみつ)な取材を重ねて執筆(しっぴつ)した作品。

ピカピカ人財 映画・舞台編(えいが・ぶたいへん)
 芸術活動(げいじゅつかつどう)の中でも、人間の身体をもって表現(ひょうげん)する映画(えいが)や舞台(ぶたい)の世界。
 青森県が生んだこれらの才能(さいのう)は、計(はか)り知れない影響(えいきょう)をもたらしました。
小国 英雄(おぐに ひでお)
(1904~1996)
八戸市
我が国初のトーキー(⇒音声付き)映画の脚本(きゃくほん)を書く。巨匠(きょしょう)黒澤明(くろさわあきら)のシナリオライターとして、数々の傑作(けっさく)に携(たずさ)わる。
300本を超(こ)える映画シナリオを世に送り出した。
川島 雄三(かわしま ゆうぞう)
(1918~1963)
むつ市
日本喜劇(きげき)映画の金字塔(きんじとう)と賞される「幕末太陽傳(ばくまつたいようでん)」を監督(かんとく)。45年の生涯(しょうがい)で51本の作品を作る。
斬新(ざんしん)、洗練(せんれん)、破天荒(はてんこう)を極(きわ)めた作品は、没後(ぼつご)40年以上経(へ)た現在でも、多くの信奉者(しんぽうしゃ)をひきつけて止(や)まない。
江口 隆哉(えぐち たかや) 
(1900~1977)
野辺地町
ドイツ留学(りゅうがく)を経(へ)て、日本にモダンダンスの妙味(みょうみ)をもたらし、現代舞踏(げんだいぶとう)の礎(いしずえ)を築(きず)く。
元現代舞踏協会(げんだいぶとうきょうかい)会長。
江口 乙矢(えぐち おとや) 
(1911~2004)
野辺地町
江口隆哉の弟。隆哉の門下生(もんかせい)となり、作品に日本の民話(みんわ)などを取 り入れ、現代舞踏の土台(どだい)を広げ、定着(ていちゃく)させた。
菊谷 栄(きくや さかえ)
(1902~1937)
青森市
“日本の喜劇王(きげきおう)エノケン”の片腕(かたうで)として、お笑いの世界を陰(かげ)で支えた伝説的脚本家(でんせつてききゃくほんか)。
斬新(ざんしん)な作風(さくふう)で、戦死(せんし)するまでのわずか6年間で100本近い作品を生み出した。
寺山 修司(てらやま しゅうじ)
(1935~1983)
弘前市
歌人(かじん)・詩人(しじん)・劇作家(げきさっか)・映画監督(えいがかんとく)など、驚(おどろ)くほど多くの分野(ぶんや)で活躍(かつやく)。
演劇実験室(えんげきじっけんしつ)「天井桟敷(てんじょうさじき)」を旗揚(はたあ)げし、海外でも公演(こうえん)。前衛的(ぜんえいてき)な活動は、国内外で高く評価(ひょうか)される。

ピカピカ人財 美術編(びじゅつへん)
 現在も版画制作(はんがせいさく)が盛(さか)んな青森県。版画はもちろん、様々な美術で、世界に通じる個性豊(こせいゆた)かな芸術家を生み出しています。
棟方 志功(むなかた しこう)
(1903~1975)
青森市
 「世界のムナカタ」と呼ばれる「板画家(はんがか)」。国際美術展(こくさいびじゅつてん)で最高賞受賞。県人初の文化勲章受章者(ぶんかくんしょうじゅしょうしゃ)。ゴッホに憧(あこが)れ、油絵(あぶらえ)から板画の道へ。板による表現であると「板画(はんが)」と称(しょう)した。板画のほか、倭画(やまとが)、油絵、書など、縦横無尽(じゅうおうむじん)に彫刻刀(ちょうこくとう)や筆をふるい他(た)に類(るい)を見ない独特(どくとく)の世界を創り上げた。
今 純三(こん じゅんぞう)
(1893~1944)
弘前市
 日本近代銅版画(どうはんが)の先駆者(せんくしゃ)。県人初の文展(ぶんてん)洋画入選。東京で新進(しんしん)の画家として活躍していたが、関東大震災を機に青森へ戻り、銅版画(どうはんが)や石版画(せきはんが)の技法研究(ぎほうけんきゅう)に力を注ぎ、数多くの版画を制作。
関野 凖一郎(せきの じゅんいちろう)
(1914~1988)
青森市
 青森で今純三から銅版画を学ぶ。戦後の物不足の中、東京で銅版画の研究会を主催(しゅさい)。のちに国際的に活躍する若者たちが集まった。材料は自前調達(じまえちょうたつ)、道具を工夫し版を作り、プレス機まで自作。リトグラフなど様々な技法に挑んだ。
鷹山 宇一(たかやま ういち)
(1908~1999)
七戸町
 日本の希有(けう)な幻想画家(げんそうがか)。棟方志功らの青光画社に参加し、
日本美術学校在学中、二科展(にかてん)に初入選。二科会の重鎮(じゅうちん)として
も活躍。
阿部 合成(あべ ごうせい)
(1910~1972)
青森市浪岡
 波乱(はらん)に富(と)む生涯(しょうがい)から「修羅(しゅら)の画家」と呼ばれる。戦前の作品が反戦絵画(はんせんかいが)と迫害(はくがい)され、出征(しゅっせい)しシベリア抑留(よくりゅう)など、苦難(くなん)に満(み)ちた戦争時期の後、メキシコで得た題材や技法を生かし晩年(ばんねん)まで独特の作品を制作。
工藤 甲人(くどう こうじん)
(1915~ )
弘前市
 戦後を代表する日本画家。西洋の幻想的美術(げんそうてきびじゅつ)に影響を受け、津軽の風土(ふうど)に根(ね)ざした独自の日本画の世界を創造。90歳を過ぎた現在も盛んな創作意欲(そうさくいよく)で、毎年創画展へ出品を続けている。
成田 亨(なりた とおる)
(1929~2002)
神戸市生まれ
青森市で育つ
 彫刻家(ちょうこくか)、特撮美術監督(とくさつびじゅつかんとく)。「ウルトラマン」シリーズのヒーロー・怪獣(かいじゅう)・宇宙人・メカをデザインし、日本の戦後文化に大きな影響を与えた。彫刻家の感性(かんせい)・資質(ししつ)が反映されたデザインは、放映後(ほうえいご)40年経つ現在も輝きを放(はな)つ。
奈良 美智(なら よしとも)
(1959~ )
弘前市
 日本のアートシーンのトップランナーとして国際的にも注目を集める現代美術作家。2006年夏にオープンした県立美術館の建築と一体化した人気の「あおもり犬(けん)」は、高さ8.5mの像(ぞう)で、彼の最も大きな作品。

ピカピカ人財 音楽編(おんがくへん)
時代を超(こ)えて伝えられていく音楽。
青森県は、蒼々(そうそう)たる音楽家を輩出(はいしゅつ)し、そして今も送り出し続けています。
渡辺 浦人(わたなべ うらと)
(1909~1994)
東京生まれ
青森市で育つ
日本を代表する交響組曲(こうきょうくみきょく)「野人(やじん)」を作曲。日本音楽コンクールで主席(しゅせき)入選。
800曲の校歌、1,500曲の童謡(どうよう)など、2,000 を超(こ)える作品を送り出した。元日本民族(みんぞく)音楽協会長。
原 信子(はら のぶこ)
(1893~1979)
八戸市
日本オペラ黎明期(れいめいき)のソプラノ第一人者(だいいちにんしゃ)。
国内で活躍(かつやく)した後、アメリカ、カナダ各地を巡演(じゅんえん)し、イタリア・ミラノの名門スカラ座の専属(せんぞく)歌手に。
「原信子歌劇研究所(かげきけんきゅうじょ)」を設立(せつりつ)し、後進(こうしん)を育てた。
高橋 竹山(たかはし ちくざん)
(1910~1998)
平内町
津軽三味線(つがるじゃみせん)を芸術(げいじゅつ)の域(いき)にまで高めた名人。
津軽三味線独奏(どくそう)を初めてレコードに収録(しゅうろく)。
東京で定期演奏会(ていきえんそうかい)を行い、竹山ブームを巻(ま)き起こす。海外でも公演(こうえん)を行い、津軽三味線を世界に知らしめた。
淡谷 のり子(あわや のりこ)
(1907~1999)
青森市
10年に1人のソプラノと絶賛(ぜっさん)され、東洋音楽学校(現東京音楽大学)を首席(しゅせき)で卒業。
様々(さまざま)なジャンルに取り組み、日本のシャンソン界の先駆者(せんくしゃ)となる。代表曲から「ブルースの女王」と呼ばれた。

お問い合わせ

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電話:017-734-9166  FAX:017-734-8038
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