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更新日付:2012年7月1日 

年表で見る青森県の歴史

 「青森」という地名は、江戸時代前期の寛永元年(1624)、弘前藩が現在の青森市に港町の建設を始めたときに名付けたられたものです。当時、現在の青森市本町付近に青い森があり、港に入る船の目印になっていたと言われています。
写真:大型板状土偶
2万年前ナイフ形石器などを用いた生活が始まる(旧石器時代)
1万3000年前頃無文土器が作られる(縄文草創期)
5500年前頃円筒土器文化が繁栄(縄文前期)
3000年前頃亀ヶ岡土器文化が繁栄(縄文晩期)
2200年前頃水田稲作農耕が始まる(弥生時代)※2500年前頃とする説もある。

※写真:三内丸山遺跡出土土偶(縄文時代中期・文化財保護課三内丸山遺跡対策室所蔵)
コラム1 日本で最も古い土器
平成10年(1998)、外ヶ浜町大平山元I遺跡から出土した縄文時代草創期の土器に付着していた炭化物を、高精度の放射性炭素年代測定法で計り補正した結果、約1万6千年前の年代となり、日本で最も古い土器として話題になりました。それまで草創期の土器は、約1万3千年前という年代が一般的だったからです。
西暦(和暦) 項目
655(斉明元) 7 難波宮で津軽の蝦夷に冠位を授ける
658(斉明 4) 4 阿倍比羅夫、秋田と能代の蝦夷を服属させ、渡嶋の蝦夷を饗応
658(斉明 4) 7 津軽郡大領・少領に冠位・武具を授ける
659(斉明 5) 3 阿倍比羅夫、津軽郡の蝦夷らを率い、蝦夷国を討つ
659(斉明 5) 閏10 遣唐使、唐の高宗に蝦夷を引き連れ謁見し、津軽のことを説明
720(養老 4) 1 渡嶋津軽津司諸鞍男らを靺鞨国に派遣
780(宝亀11) 5 出羽国司に渡嶋蝦夷への饗応を指示
814(弘仁 5) 11 津軽の狄俘の反乱に備え胆沢・徳丹城に糒や塩を備蓄させる
878(元慶 2) 7 出羽国、元慶の乱で津軽の夷俘を警戒。翌年1月、政府に味方した渡嶋の夷と津軽の俘囚を慰労
893(寛平 5) 閏5 出羽国、渡嶋の狄と奥地の俘囚との間の戦闘を警戒
9〜11世紀
五所川原地方で須恵器の生産盛行
1057(天喜 5) 7 前九年合戦(1051-62)で、安倍富忠、源頼義に味方し、奥地の俘囚を率いて安倍頼時を討つ
1070(延久 2)
源頼俊、衣曾別嶋の荒夷らを平定
1126(大治元)
藤原清衡、白河関から外の浜まで一町ごとに笠卒都婆を建てる
1190(文治 6) 1 大河兼任の乱
1288(正応元) 7 源光氏、弘前市中別所に板碑を建立
1306(嘉元 4) 8 北条貞時、梵鐘を藤崎護国寺に寄進(源光氏・安倍季盛の名が刻まれる)
1322(元亨 2)
安藤氏の乱(津軽大乱) 蝦夷沙汰職相続を巡る争いが続く
1336(建武 3)
南北朝内乱、青森県内にも波及し、武将が離合集散して戦う
1418(応永25) 8 関東大名南部上洛、将軍足利義持に金や馬を献上
1423(応永30) 4 安藤陸奥守、足利義量の将軍就任に際し馬・鷲羽・海虎皮等を献上
1432(永享 4) 10 安藤盛季・康季、南部氏に敗れ蝦夷島に撤退、幕府が調停に乗り出す
1442(嘉吉 2)
安藤盛季・康季、南部義政に敗れ、十三湊を追われ再び蝦夷島に渡る
1453(享徳 2)
安藤義季、南部勢に攻められ自害 安藤氏嫡流の断絶
1468(応仁 2) 2 安東師季、熊野那智大社に旧領回復の祈願文を奉納
1539(天文 8) 閏6 南部彦三郎安政、将軍足利義晴より一字をもらい晴政と改名
  • 写真
    弘前市砂沢遺跡水田跡(弘前市教育委員会所蔵)
  • 写真
    弘前市中別所の正応の板碑(国指定重要美術品)
コラム2 安藤氏と十三湊
写真
 安藤氏の拠点として栄えた中世港湾都市十三湊は、主要な港湾「三津七湊」に挙げられるほど著名な湊でしたが、安藤氏嫡流家が十三湊に居を構えたのは14世紀後半以降のようです。その後、安藤盛季・康季の時代に十三湊は最も繁栄したらしく、室町将軍足利義量に鷲羽・海虎皮などの北方交易品を献上しています。ただ、その栄華も束の間で、安藤氏は勢力を拡大していた南部氏との合戦に敗れ、十三湊を捨てて蝦夷島(北海道)へ撤退せざるをえませんでした。一時、十三湊への復帰に成功したものの、10年ほどで再び南部氏に攻め落とされ、またもや蝦夷島へと撤退します。この後、安藤氏は二度と十三湊へ戻ることはありませんでした。
写真:十三湊空撮(五所川原市教育委員会所蔵)
西暦(和暦) 項目
1567(永禄10)
大浦為信、大浦城主になる
1582(天正10) 1 南部晴政・晴継死去、田子信直が三戸南部氏の当主となる
1590(天正18)
大浦為信と南部信直、秀吉から津軽・南部支配を認められる
1591(天正19) 3 九戸政実の乱(九戸一揆)
1594(文禄 3) 4 津軽為信、堀越城に本拠を移す
1597(慶長 2) 3 南部信直、不来方(盛岡)に築城
1611(慶長16) 5 高岡(弘前)城ほぼ完成 城下に寺社・家臣団・商人が移転
1626(寛永 3) 4 弘前藩、森山弥七郎に青森開発を命じる
1628(寛永 5) 8 高岡を弘前と改称
1656(明暦 2) 2 黒石津軽家の成立(津軽信英が黒石に陣屋をおく)
1664(寛文 4) 12 盛岡藩から領知高2万石で八戸藩が分立(初代藩主 南部直房)
コラム3 南部と津軽
県内大名領図
 南部と津軽の地域性の違いは、気候や地形の違いなどがありますが、この2つの地域が江戸時代の約260年間、違う藩の領地だったことも原因の一つです。南部氏と津軽氏の関係は、戦国時代末に津軽為信が独立して以来、幕末の野辺地戦争まで良好ではありませんでした。こうした藩主同士のいきさつに加え、地域性の異なる2つの地域が、明治維新後の廃藩置県で青森県として1つにまとめられたことに、両者の対立感情が根ざしているようです。
図:江戸時代後期の県内大名領図
西暦(和暦) 項目
1749(寛延 2)
八戸藩で「猪飢饉」(凶作と猪や鹿による作物被害)
1753(宝暦 3)
乳井貢による宝暦改革(〜1758)
1783(天明 3)
天明大飢饉(〜84)
1784(天明 4)
弘前藩の寛政改革(〜1798 藩士土着令廃止で終了)
1792(寛政 4) 12 津軽領内の大地震で千畳敷海岸が露出
1809(文化 6) 4 黒石藩が成立(初代藩主 津軽親足)
1819(文政 2) 6 八戸藩、野村軍記を登用(〜1834惣百姓一揆で失脚)
1821(文政 4) 4 相馬大作事件(元盛岡藩士の弘前藩主襲撃未遂事件)
1832(天保 3)
天保大飢饉(〜39)
1853(嘉永 6) 5 三閉伊大一揆(盛岡藩領七戸通などで農民一揆)
1855(安政 2) 10 新渡戸伝、三本木原開拓に着手
1868(明治元) 5 奥羽越列藩同盟成立、9月に野辺地戦争
1869(明治2) 11 下北半島を中心に斗南(となみ)藩が成立
西暦(和暦) 項目
1871(明治 4) 7 廃藩置県で弘前県誕生、9月青森県と改称し県庁を青森へ
1875(明治 8) 3 県庁構内に初めてりんごを植樹
1891(明治24) 9 東北線、青森・上野間全通
1895(明治28) 5 弘前公園の開園(1918年5月に初の観桜会)
1896(明治29) 3 第8師団を弘前市に設置 6月に三陸大津波
1902(明治35) 1 雪中行軍遭難事件(凍死者約200名)
1905(明治38) 1 日露戦争、第8師団が黒溝台で死闘
1908(明治41) 3 青函連絡船就航(1924年8月青森築港、貨車航送本格化)
1913(大正 2)
県内未曾有の大凶作
コラム4 弘前県があったって本当?
写真
 廃藩置県当初、わずか2ヶ月間、弘前県がありました。けれども、政府から派遣された初代知事の野田豁通は、9月23日に県庁を青森町(現青森市)に移してしまいます。北海道や下北半島まで広がる大きな青森県を治めるために、県の中心に位置し、海に面した青森町が選ばれたわけです。
写真:戦前の青森県庁(県民生活文化課所蔵)
西暦(和暦) 項目
1934(昭和 9)
大凶作で身売り女性や欠食児童続出、翌年大水害
1936(昭和11) 2 十和田湖・八甲田山一帯が国立公園に
1945(昭和20) 7 青函連絡船が空襲で壊滅、青森市大空襲
1949(昭和24) 5 弘前大学発足
1957(昭和32) 7 五所川原市主催で県平和博覧会開催
1964(昭和39) 3 八戸市、新産業都市に指定される
1968(昭和43) 5 十勝沖地震、県南地域に大被害
1982(昭和57) 9 原子力船むつ、大湊港に入港
1986(昭和61) 7 東北縦貫自動車道、青森・浦和間全通
1987(昭和62) 7 新青森空港暫定開港
1988(昭和63) 2 青函トンネル完成、青函連絡船廃止
1991(平成 3) 9 りんご台風でりんごが大被害
1997(平成 9) 3 三内丸山遺跡が国史跡に指定
2002(平成14) 12 東北新幹線八戸駅の開業
2010(平成22) 12 東北新幹線新青森駅の開業
写真:戦前の連絡船貨車航送(県民生活文化課所蔵)
 『青森県史』は県内市町村や各学校の図書館に配布しており、県内の主な書店で購入もできます。青森県史のホームページでも県の歴史を紹介しています。

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県民生活文化課 県史編さんグループ
電話:017-734-9238・9239  FAX:017-734-8063

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