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更新日付:2010年7月15日 文化財保護課

野辺地戦争戦死者の墓所

記念物(県史跡)

野辺地戦争戦死者の墓所

  • 野辺地戦争戦死者の墓所
    写真提供 野辺地町教育委員会
指定区分 県史跡
名称 のへじせんそうせんししゃのぼしょ
野辺地戦争戦死者の墓所
所在地 上北郡野辺地町字鳥井平36
所有者 野辺地町
指定年月日 昭和51年12月11日
公開状況 公開
問合わせ先 野辺地町教育委員会
 TEL0175-64-2119

 明治元年(1868)の戊辰戦争の際、9月22日から23日にかけ、小湊ロを守備していた官軍弘前藩兵180人が盛岡藩領馬門村に火を放ち、野辺地村を夜襲、野辺地川の手前鳥井平から同川河ロにかかる大橋付近で戦闘となった。はじめ盛岡藩側は劣勢であったが八戸藩勢の奮戦により弘前藩兵を狩場沢に退却させた。
 盛岡藩側の損害は軽微であったのに対し、弘前藩側の死者は、司令官小島左近以下数十名に上った。翌明治2年(1869)9月、弘前藩戦死者のうち27名を祀る4基の墓石が国費で建てられたが、明治41年(1908)5月再建された。
 墓所の面積は33m×25mで825m2、墓域内には数十本の老松が茂り、サワラの生垣が巡らされ、花こう岩の踏み石が敷かれるなど参詣しやすいよう整備され、恩讐を越えた供養も行ねれる霊域となっている。近代日本国家建設の裏に隠された痛ましい史実をしのぶことができる史跡として本県唯一のものである。

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この記事についてのお問い合わせ

文化財保護課
電話:017-734-9919  FAX:017-734-8280
※見学に関するお問い合わせは、所有者又は各市町村教育委員会へお願いします。

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