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更新日付:2012年7月19日 世界文化遺産登録推進室

連載企画『縄文遊々学』

第61回 遺跡の名前あれこれ
 遺跡は過去の人々の活動や生活の痕跡が認められる場所(土地)のことですが、その遺跡にはそれぞれ名前が付けられています。青森県の場合、遺跡所在地の住所の小字(こあざ)名をそのまま遺跡名としています。もし、同じ小字に複数の遺跡が存在する場合には遺跡名のあとに、(1)、(2)・・・と原則として発見順に数字を振り、区別するようにしています。
 このような小字名をもって遺跡名とする方法は全国的に多く見られますが、この方法以外にも発見順に通し番号を付け、それを遺跡名としているものや地域に縦軸と横軸の座標を設定し、アルファベットと数字を組み合わせて遺跡名としている場合もあります。
 特別史跡三内丸山遺跡は青森市大字三内字丸山に所在しますので、本来であれば丸山遺跡とするところですが、古くから三内丸山遺跡の名前で発掘調査が行われてきたこともあり、研究史の上でも定着していることから、三内丸山遺跡としています。
 先日出土品が県重宝に指定された東北町長者久保遺跡は、もともと発掘調査された時にはひとつしかありませんでしたが、現在では隣接してもう1遺跡見つかっているため、長者久保(1)遺跡と長者久保(2)遺跡とありますが、今回の指定を機に、全国的に著名な遺跡であることから長者久保(1)遺跡を本来の長者久保遺跡へ変更することにしました。また、同じく著名な八戸市の史跡是川遺跡は、是川堀田、是川中居、是川一王寺の三つの遺跡を総称した名前であり、是川遺跡そのものは存在しません。
 中泊町には縄文沼遺跡がありますが、これは県立郷土館が行った津軽半島の自然調査の際に名前のない沼地の岸で縄文土器を発見したことにより、その沼を縄文沼とし、国有林内には小字名がなかったことからそのまま縄文沼遺跡としたものです。その後、早稲田大学で発掘調査を行いましたが、そのまま縄文沼遺跡としています。
 小字名を遺跡名とする場合、その小字名が遺跡の内容や時代と必ずしも結びつくものではありませんが、その歴史的由来が遺跡名と関係する場合もまれに見られます。つがる市木造館岡に所在する史跡亀ヶ岡遺跡はその場所から土器がたくさん出るところから名付けられ、亀ヶ岡の「カメ」は「甕」であり、まさしく縄文土器を指しているものと考えられます。江戸時代の『永禄日記』には、そのことが述べられています。
 小字名などの地名は、その土地の歴史や由来を伝えるものが数多くあり、その中には遙か縄文時代にまでさかのぼることができるものも見られます。最近は市町村合併や町名等変更によって古い地名が少なくなってきていますが、それとともにその土地についての記憶が途絶えてしまうことは少しさびしいような気がします。
  • 亀ヶ岡遺跡に立つ巨大なシャコちゃん
    亀ヶ岡遺跡に立つ巨大なシャコちゃん

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電話:017-734-9183  FAX:017-734-8128

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