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更新日付:2012年6月21日 世界文化遺産登録推進室

連載企画『縄文遊々学』

第60回 大平山元遺跡群のこと
 先日、新聞報道で『大平山元遺跡群、史跡に』という見出しで、本県の外ヶ浜町に所在する大平山元(おおだいやまもと)遺跡群の史跡指定に向けて、文化庁が準備に着手したとの報道がありました。2000年(平成12年)に宮城県などで起こった民間研究者による旧石器ねつ造により、座散乱木遺跡の史跡が解除になったことを受けて、旧石器時代の史跡指定に慎重になっていたともありました。
 大平山元遺跡群は外ヶ浜町大平に所在し、蟹田川左岸の標高約25mの河岸段丘上に位置し、縄文時代草創期のI遺跡、旧石器時代のII・III遺跡などから構成されています。1975~79年にかけて行った県立郷土館の発掘調査において、旧石器的な特徴を持つ石器群とともに土器が出土したことにより、注目されることとなりました。この石器群は御子柴(みこしば)・長者久保(ちょうじゃくぼ)文化に属するもので、従来は土器が伴わないと考えられていましたが、大平山元遺跡群の発掘調査により確実に土器が伴うことが明らかとなるなど、旧石器時代から縄文時代にかけての変遷を知る上できわめて重要であるとされています。特に土器の出現は縄文文化の成立に大きく関わったことは確実ですので、その最古の土器が出土しているわけです。
 その後、平成12年から町教育委員会では遺跡の範囲などを明らかにするための確認調査を継続して行いました。その結果、土器や石器は南北26m×東西20mほどの範囲に広がり、その中には二つの集中域が認められることから、土器の煮炊きを中心とした隣り合う居住域ではないかと推測されています。この時代にはまだ地面を掘って作られる半地下式の竪穴住居はありませんので、実際にその場所で生活していてもなかなかその痕跡は残りづらいと言えますので、大平山元遺跡群は当時の生活の様子を知る上でも貴重です。
 発掘調査開始からずいぶん時間がかかって、今回史跡指定に向けて本格的に動き出すことになりますが、これはねつ造事件の影響によるものではありません。ねつ造事件以降、文化庁はすでに旧石器時代の遺跡である新潟県荒屋遺跡の史跡指定を行っていますので、大平山元遺跡群がその影響のために史跡指定が遅れたというのは適切ではありません。
むしろ、縄文文化初期は遺跡数や土器の出土事例も大変少なく、遺跡そのものの評価を慎重に行ったためと理解するのが正しいと思います。時間をかけ、じっくりと評価された分だけ、大平山元遺跡群の評価は揺るぎないものと言えそうです。なお、最古の土器など大平山元遺跡群の出土品は「外ヶ浜町大山ふるさと資料館」(午前9時~午後4時まで、原則として月曜日休館、入場無料)に展示されていますので、是非ともお出かけください。
  • 大平山元遺跡群全景(点線内)
    大平山元遺跡群全景(点線内)
  • 土器や石器の出土状況
    土器や石器の出土状況

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世界文化遺産登録推進室
電話:017-734-9183  FAX:017-734-8128

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