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更新日付:2013年9月9日 世界文化遺産登録推進室

連載企画『縄文遊々学』

第73回 縄目の模様
 縄目の模様が付いているから縄文(じょうもん)土器と呼び、そのような土器が使われた時代を縄文時代としていることは御承知のことと思います。また、多くの考古学者は土器の出現をもって縄文時代の開始と考えています。しかし、最古の土器と考えられている外ヶ浜町史跡大平山元遺跡出土の土器は、模様が全くない、無文の土器です。
 さらに、この無文土器に後続すると考えられている、細い粘土紐を横位に貼り付けた草創期の隆起線(りゅうきせん)文や爪のような三日月型の模様が付けられる爪形(つめがた)文土器にも縄目の模様は見られません。ようやく約1万年前に出現する多縄文(たじょうもん)土器の段階によって縄目の模様が見られるようになります。つまり縄文時代と言いながらも縄文時代の初期には縄目の付いた縄文土器は存在しないわけです。多縄文土器以降、一般的に縄目の模様は見られ、東北北部においては縄文時代以降の弥生時代や古墳時代にまで継続して見られることが明らかとなっています。

 そもそもこの縄目の模様は当初から縄文と呼ばれたわけではありませんでした。明治時代に日本で最初に行われた科学的な発掘調査である大森貝塚の発掘調査を行ったE・S・モースは、英文の発掘調査報告書の中で「cord marked pottery」と呼びました。この報告書を和訳した谷田部良吉は、当初「索文(さくもん)土器」と訳しました。その後、白井光太郎によって縄紋土器と呼ばれるようになりました。当初は「糸」へんがついていましたが、現在では糸へんをつけない縄文土器が使われています。また、以前は縄文式土器とか弥生式土器とか、式をつけていましたが今は式を使わない場合がほとんどとなっています。

 縄目の模様は撚り紐を転がしてつけられます。この撚(よ)り紐も右撚り(時計回り)と左撚りがありますし、複数の縄を束ねたものや棒に巻き付けたものなど様々な種類があり、その数は約200種類とも言われます。さらに土器に対して、横に転がす、縦に転がす、斜めに転がすなど、縄文と一口に言ってもそのバリエーションは実に豊かです。北海道・北東北はこのような縄目の模様が最も発達した地域と言っても過言ではありません。この撚り紐の回転によって施文するのは縄文土器の大きな特徴ともされています。
 縄目の模様をつける理由としては、撚り紐を転がすことによって土器の表面を平らにする、粘土の中の空気を追い出す、小さな凹凸が滑らない摩擦防止の役目となっている、僅かながら土器の表面積が増え、煮炊きの効率が上がるなどが考えられていますが、明確な理由となるとはっきりしたものはないようです。
 縄文は時代や地域によって特徴が見られますので、土器に詳しい研究者は見ただけでその土器のおおよその年代や作られた地域がわかる場合があり、遺跡を掘らなくても遺跡の年代がわかる、重要な情報を持っていると言えます。
  • 縄目の模様1
    いろいろな縄目の模様 1
     
  • 縄目の模様2
    いろいろな縄目の模様 2

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電話:017-734-9183  FAX:017-734-8128

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